第9話<看病> | ||||
健司に書いてもらったメモを片手に、美咲は充の家を探していた。 少し道に迷いそうになりながらも、マンションを発見した。 小さなマンションで6階程度しかない。 マンション内に入り、エレベータに乗り込む。 充の住む階に着くと、すぐ右手のドアに『橋川』の名を見つけた。 そしてチャイムを押す― ピンポーン 充はその音が鳴っても出なかった。 もちろん面倒臭いからである。 充の風邪はひどく、せきが出、鼻声だった。 ベッドに転がり込んで、『とりあえず寝よう』そう思い、眠り始めた。 一方、美咲。 全く充が出てこないことにイラついていた。 『何で出てくれないの?!』 しかし、よく思えば彼は風邪なのだから眠っているのかもしれない。 そう思った。 『せっかく来たのだから上がらせて欲しい』という願いを込めて橋川家のドアノブを回す。 ガチャ 「嘘…」 本当に開くとは思っていなかった美咲。 鍵かけとかないと不用心だなぁ。と思いながらも、美咲はあがらせてもらう。 するとすぐそこに充がフラフラになりながらも立っていた。 「…おめぇかよ」 「え、風邪なんでしょ?何で寝てないの?」 美咲の言葉に充はイラッとする。 お前がチャイムなんかならすからだろうが。 美咲は何食わぬ顔で橋川家の中へと入って行く。 「てめぇ勝手に入るなよ」 「…だって風邪、絶対私のがうつったんだし… だから、看病してあげようと思ってね!いーじゃん。」 その時思い出したのは、昨日充にキスされたことだった。 「ふ〜ん。俺がお前にキスしたのが悪かったのか。」 と、あからさまに言った。 「わー!言わないでよ…恥ずかしいなー それだけじゃないじゃん。私を学校から家まで送ってくれたんだもん… ずっとそばで付き添ってくれて、そりゃあ風邪うつるに決まってんじゃん…」 「いーじゃねぇか。あっ越川とはまだだったとか…?」 美咲は黙った。 確かにまだだけど、今後キスするような関係になろうとも思わない。 遊園地の時に別れを告げたが、あれは一方的で彼は理解してくれていない。 美咲はすぐに話題を変えた。 「あ!そうだ。昨日学校行ってないでしょ?」 「…何でだよ」 充は嫌そうな顔をした。 「だって、兄妹ってバレてないもん」 「あー。そうだ。 今日バラす予定だったのに誰かさんに風邪うつされてなー」 「…はいはい。とにかく寝なよ」 「わかったよ」 そう言うと、充は少し狭い自身の部屋へ向かった。 美咲がその後に続く。 「あ、そうだ。おかゆ作ろうか!母さんから教わった特製の…」 失敗した。そう思った。 思わず和美を示す言葉を言ってしまった。 どこか幸せを連想させる。 美咲は充を見た。 「何だよ。作れば?」 わざと無視をしたのか、気付いていないのか… それともとにかく食べ物を作って欲しいか。 美咲は前向きに後者であることを望んだ。 「よしっお兄ちゃんの為に頑張るよ!!」 美咲のその言葉に充は思わず笑ってしまった。 「お前…お兄ちゃんって…」 鼻声の低い声で笑う充。 「いいじゃん、昨日だって呼んでたんだし。名前で呼ぶのもどうかと思うし」 少し怒りながら、美咲は部屋を出て行った。 充は少しばかり親しげに『充』と名前で呼んで欲しいと思った。 今まで胸に 仕事ばかりの母親、それによって今は体を壊し、入院しているのだが。 そんな母親から幼少時代からずっと貰えなかった満ち足りた愛情。 それを妹に求めているのかもしれない、筋違いなのは分かっているが。 充は自分でそう理解した。 「できたよー」 美咲は笑顔で充の部屋に入ってきた。 「…あー」 充は少し死にそうになっていたが起き上がり、美咲を見た。 「熱とか測った?」 「体温計ない」 「…あ、そう。とりあえず、薬買って来てあげるよ―」 美咲がそう言うと、充がすぐに声をかけた。 「いい、風邪なんだからすぐ治るだろ」 嫌だった。 一人になりたくなかった。 こんな時だからこそ、誰か側にいて欲しい― 「…本当?辛そうなのに…本当、無理したらダメだよ…?」 美咲は微笑を浮かべ、充が自分の作ったおかゆを食べるのを見つめていた。 充はそれに気付いた。 「何だよ。見てんじゃねぇよ」 「いいじゃん。こんな弱ってる姿ってそう見れないでしょ。 何だか可愛いなぁって思って…こういうの見ると、頭撫でたくなるんだよねぇ…」 充をまっすぐ見てしみじみいう美咲。 「おい。気持悪いぞ?それ」 「あ?素直な気持ちなのに。そう言うこと言うなら帰るよ」 美咲はすっと立ち上がり、背を向けて数歩歩いた。 するとすぐに充が言う。 「お…おい、悪かった。」 充は心を込めて謝っていた。 また美咲に悪いことしたな…と思いながら彼女の背を見つめていた。 美咲はくるっとまわり、充を見た。 「しょうがないなぁ。 どうしても私にそばにいてほしいみたいだから、いてあげるよ」 美咲の顔はニコニコと笑っている。 「…別にそばにいてほしいなんて言ってないだろ」 充が言う。 心の中ではそう思っているが、言葉にして言われると恥ずかしい。 「あ、そういえば強気で天下無敵なお兄ちゃんが謝るのなんて初めて見た!」 今度は美咲が兄をいじめ始めそうだ。 兄は何も言えなかった。 「ふふ。冗談だよ。で、おかゆおいしい?」 「…ああ」 「っ何その『…』って間は!」 「特に意味は無い」 美咲は信じられなかった。 充は笑っていた。 「…そんな笑わなくてもいいじゃん!!」 こんな何気ない戯れが充にはとても尊いものだった。 「悪かった…」 美咲にしてきた悪事を改めて詫びた。 許されないことでも、ただただ謝る。 「突然どうしたの?! 昨日も聞いたよ…?いいのに。私は何も知らずに生きていた―罰を受けなきゃ」 充は今までの悲しい人生が走馬灯のように蘇って来た。 美咲といる間、充は安心する。 身内であるからか、そしてこの時が何よりの幸せだと感じている。 「お前にしたこと、度が過ぎてる。 それに一度お前に言われた"最低"って言葉俺にお似合いだな」 美咲は充の手を握って言う。 「今までのこと忘れよう? そしたら、お兄ちゃんの今までの辛い過去も想いも… 思い出さなくて済むでしょう?だから今日、ここからが始まり。うん!そうしよう」 美咲は思いついたままを言った。 本当にお人よしだな。 充は心の中で思う。 口に出したらまた「お人よしじゃない」って反論し出す。 俺はこいつを、大切に守っていこう― しかし、なぜか納得がいかなかった。 今、美咲ととっても離れ難いのだ。 どこにも行って欲しくない。 今までこんな想い、母親にしかしたことがない。 「お仕事に行くの?」 俺はたぶん『愛』を欲しているんだろうな。 他人からの『愛』よりも妹・美咲の『愛』 ただ純粋に美咲に愛して欲しいと思った。 だが、おかしい。 充は自らの心臓に手を当てて確かめる。 心臓の高鳴りを― 充は気付いてしまった。 決して生まれてはいけない感情を― 「どうしたの…?何で泣いてるの…?」 美咲はどうしていいものか悩んだ。 何と言っても、『橋川充』という人間の涙を見るのは初めてだったからだ。 「お兄ちゃん」 美咲は少しでも慰めになればと、充の頭を撫でた。 充は思う。 俺は所詮美咲にとってはただの“お兄ちゃん”でしかない。 悲しい現実。いっそ俺を抱き締めてくれ― 充は美咲の腕を引っ張り抱き締めた。 美咲― |
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第十話…ついに十話ですか…次回は美咲を想う充の心情。 自分の気持ちに気づいた充…美咲に愛おしさが募る。 本当に神様はいるのか?いるなら、俺への嫌がらせか―
INDEXは、我トップページ・COHENへ向かいます笑 |
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