第10話<妹>

 充は美咲を抱き締めながら思う。
 越川…あいつは美咲がここに来る事を許したのだろうか。

 越川はまだ二人が兄妹だとは知らない。
 充は美咲を体から離し、見つめた。

「本当、大丈夫?やっぱ寝たほうがいいって。」

 美咲が充を心配そうに見た。

「お前…今日、越川と会ったか?」

「だって教室一緒なんだし…」

「お前ら帰り一緒に帰ったりしないのか?」

「うん、してた。でも今日はお兄ちゃんに会いに来たわけだし―」

 美咲は越川と別れたいのだが別れ切れていないのが現状。
 だが余計な心配をさせたくないと思った。

 美咲は笑顔だった。
 ああ、なんて愛おしいんだ。
 お前は俺のことを嫌っていないのはわかる。
 少なからず好いていてくれている、それだけで十分なのに―

 俺を異性として見ているのか?充は問いかけたかった。
 お前は家族としてでいいから愛してほしい。
 それがいつか男として見てくれたらどんなに喜ばしいことか。

 だけど俺は多くを望まない。
 俺の気持ちは俺の勝手な気持ちなんだから、お前に迷惑はかけないよ―

「そうか、じゃあお前早く帰れ。家着くの遅くなるぞ」

 美咲は時計を見た。

「あっ本当だ。でも寂しくない?」

 嫌味かとも思ったが美咲の表情は真剣だった。

「ああ、寂しくない」

「…じゃあお大事にね。なんかあったら連絡して、ここに携帯書いとくから」

 美咲は広告の裏にペンを走らす。

「家の電話じゃ連絡しづらいでしょ」

 気遣ってくれたのか、と思うと余計愛しさが増す。
 美咲は「じゃあね、明日学校来れたら来るんだよ」と言い、そこを後にした。

 充は番号の書かれた紙を眺めていた。

「やっぱり俺はあいつが好きなんだ…」

 これが普通の男子高生が抱く片想いか。
 里奈にもこんな想いしたことない。
 充にとって恋愛はそんな程度だった。
 しかし今回は違う、しかも相手が相手だ…。

 妹だぞ?
 この気持ちが知れたら、美咲に迷惑がかかる。
 それに世間から白い目で見られてしまうだろう。
 もしかしたらこの気持ちはすぐ消えてしまうかもしれない。
 充はその時まで、この気持ちを隠し通す事に決めた。





「おはよう」

 翌朝の学校もそんな声が飛び交った。

「美咲」

 土間で靴を履き替えていた美咲に声をかけたのは越川。

「あ、越川君…おはよう」

 越川のことは嫌いではないが、あまり会いたく無かった。
 別れ切れていないことが原因なのだが…。

「もうそろそろ下の名前で呼んでよ」

 やっぱり越川には別れる気がないようだ。
 これは何となく美咲には予想できていた。

「…あの、ね、その事なかったことにしようって―」

 自分と充が付き合っていない、ましてや兄妹だ。
 美咲の弱みに付け込んだ事で二人は付き合うことになったが…
 今となっては、そんな理由さえなくなってしまったというのに…。

「ん?俺の下の名前は『英次』だよ!知らなかった?」

 越川は笑顔だった。

「そうじゃなくて!」

 タイミングよく、そこに充が現れた。

「あ、…橋川君」

 一度『お兄ちゃん』と呼びそうになったのを美咲は耐えた。
 学校に来れたんだ、熱下がったんだよね。
 そう思い美咲は安心した。

「おはよう、お二人さん。朝から仲良しだね」

 笑顔の充。
 もう前のようにこの笑顔に怖さを感じなくなっていた。

 だが、充の言葉に否定したくなる。
 今は別に仲良しという感じではない。
 むしろこの場から逃げてしまいたいぐらいだ。

「悪いね。お前ももう美咲をいじめるのはやめてくれよ」

 俺の可愛い"妹"なんだから―

「…ああ、いじめない。だけどお前が一番いじめてるだろ」

「俺はもう美咲にひどいことなんてしない。」

 まっすぐと越川の目を見た。
 その目が恐ろしく感じた。

「そうか、よかった。美咲行こうか」

 越川はその目から逃れるかのように、美咲の手を引いて去って行く。

 充は思う。
 いつかこんな風に俺達兄妹は離れ離れになるんだ。
 『いつか』より『今のうち』になっておいた方が寂しさも半減するのかもしれない。

 所詮、俺達は『兄妹』なんだから―



「越川君…」

 美咲は越川に手をひかれたまま。
 その手はどんどんと強くなる。

 どこに行くの?
 問いかけても答えてはくれないようだ。
 向かう場所は教室じゃない。
 それは確かで、見当もつかない場所だ。

 黙って越川の行く先についていく。
 すると、ある教室のドアに手をかけた。
 美咲が上を見て確認する。

 理科実験室―

「越川君?」

 美咲が問いかけても越川は何も答えない。

 教室を開けて自分と、そして美咲を強引に引き入れると、すぐドアを閉める。
 そして室内を奥まで進み、黒板と教卓の間にまで来た。
 向き合うとすぐに、美咲は越川に肩をトンと押された。
 すると、美咲は簡単に後ろに倒された。

 『…痛い』
 しかし、その声が驚いて出ない。
 下から見上げた、越川の顔が恐ろしかったのだ。

「美咲…」

 越川はしゃがみ、美咲に近寄った。

「ど…どうしたの?越川君…?」

「…どうしたの、って…お前昨日…橋川の家に行っただろ?」

「え…」

 美咲は昨日、越川には『用事があるから』と言っていた。
 『橋川の家に行く』など言っていない。
 越川は知らないはずなのに…

 嫉妬がこれほど恐ろしいものとは思わなかった。
 そして今思い知らされている。

「悪いけどお前の後ついてったよ。
 その家の表札は『橋川』ってなってたぞ。
 橋川充の家だろ?お前ら…本当は付き合ってたんだろ…?」

 越川の表情は変わらなかった。

「違う…付き合ってない…」

 美咲は首を横に振る。

「じゃあ何で家に行ったんだよ!!それほど仲がいいんだろ…?」

 越川が一気に美咲に詰め寄った。
 顔が近い…息がかかるほど―

 兄妹だから―
 言ってしまう?自分の父親の恥を自分の口から…言える?





「おっ。充ー昨日はどうだったよ。風邪」

 充に声をかけるのは健司だ。

「あ?…ああ。美咲が来た。お前だろ住所教えたりしたの」

 充はお見通しだった。

「…え?まあな。彼女だろいいじゃねぇか」

 彼女じゃないけど、と心の中で思うが、突っ込みはしなかった。
 この後、大々的にばらすという計画が充の中にあったのだ。

「俺の母親の事も言ったろ」

 美咲だって自分の父親の愛人のこと、少しぐらい気になるだろう…。
 でもあいつは一言も聞かなかった。
 入院しているなら、気にする事なく家に来れるんだろうし。

 ふと思う。
 俺は父親をとても恨んだ。
 美咲は俺の母親を恨むのだろうか、どう思うのだろうか…?

「お前…鋭いな。」

「余分なことまで言うなよ」

 ふと美咲がどうしているのか気になってしまった。
 無意識に美咲を探す。

 自分のせいであいつから友達を失くしてしまった。
 だからこそ大々的に兄妹だと明かして、楽にしてあげたい。
 父親のことなどどうでもよいのだ。

 しかし、美咲が教室にいない。
 美咲は俺より先に越川と…

 越川―?

 何か嫌な予感がする。
 充は教室を飛び出した。

 美咲に手出したら許せない。
 あんなに優しい美咲をひどい目にあわせたら―俺は鬼にでもなろうものだ。

 充は今までの悪事を忘れたように美咲を想う。
 『今日、ここからがお兄ちゃんの人生の始まり』
 まるで昨日美咲に言われた言葉を実践しているよう。

 もうすぐ授業が始まるというのに、充は懸命に美咲を探す。
 充は成績優秀で、授業をサボった事などない。
 そこまでして美咲を助けたい、授業などどうでもよいのだ。

 でも助けるって?
 恋人同士ならば手を出すなんて普通。
 だが朝見た美咲と越川は、微笑ましい関係のようには見えなかった。

 ならば、なぜその時気付かなかったんだ。
 充は自分を悔いた。



第十一話…二人が異母兄弟であることをクラスの皆に告げる…のですが…
その前に越川君がまだ美咲と充の事を疑って、美咲に危機が…
ちゃんとそこに充が助けに来てくれて、そして全てを明らかに―
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