第7話<風邪>

 橋川は、美咲を抱きかかえて保健室に行くと、先生が待っていた。

「あらっどうしたの…?その子」

 充が美咲を一旦ベッドに降ろした。

「熱みたいなんです。帰してやってくれませんか?」

 先生が美咲の額に手を当てて言う。

「…あら、本当。凄い熱じゃない…そうね。
 家族の方を呼んで向かいに来てもらいます。あなたは授業に戻りなさい」

 保健室の先生は笑顔で言った。

 しかし充は聞かなかった。

「俺が連れて帰ります。」

「どうして?」

「家族なら…いいんでしょ?先生
 たぶん家には誰もいないよ。両親は共働きなんでね」

 保健室の先生はあまり生徒の事情を知らない。

「え…兄妹なの…?」

 その為、兄妹でなくてもわかりゃしない。
 ただ、充・美咲の場合は事実なのだが。

「先生、このことはくれぐれも―」

 人差し指を自分の唇まで持っていった。



 越川は教室に戻っていた。
 美咲を見てからずっと好きだった越川だったが、美咲の浮いた話はあまり聞いた事はなく、影で幸せに学校生活を送っていたのをよく見ていた。

 なのに…最近だ。あの橋川と言葉を交わすようになってから。
 美咲はあまり笑顔を見せなくなったのがわかる。
 俺も俺だ。美咲と付き合うきっかけがあまりに酷い。

 自分の悪事を認めるが越川。
 だが、遊園地で言われた美咲からの別れ…。
 越川はもちろん今でも美咲が好きで、別れたくはなかった。



 充は美咲をちゃんと家まで送り届けていた。

「お前…部屋どこだ?」

 充に寄りかかり、よれよれの美咲に問いかける。

「2階…」

 美咲はそれだけ言うとまた充に体重を預けた。
 それを見て充は「…もーいい。」と言い、美咲を抱き上げた。

「今日は優しいんだね…」

 美咲が聞く。

「もちろんだろ。俺はいつも他人には優しいんだ。」

「ははっありがとう…」

 美咲は笑顔を見せた。
 充は階段を上がる。


 二人は美咲の部屋に入った。

「本当、良い生活してるよな…」

 充が美咲の部屋を見て言った。
 その言葉に美咲は何も言えない。

 それから美咲をベッドに降ろす。
 するとすぐに充の手を握った。

「お兄ちゃん…でしょ?居てよ…」

 美咲の言葉に充は顔をベッドに埋めた。
 今まで充は美咲に不幸になるように仕向けてきた。
 友達を失くさせたり、美咲の信用を落とすような事を―
 それなのに充を兄と呼び、必要としてくれている…

「…どうしたの?」

 俺は本当に何をしてるんだ?妹を不幸にしても何もならない…
 充は思った。しかし、今更―とも思う。

「ごめんね。私が生まれなかったら…よかったのにね―」

 その言葉、今は聞きたくない。

 美咲が生まれてなければ、俺も、俺の母親も父親のいる家庭に育っていたのかもしれない。
 ずっとそれだけを思っていた。

 でも、今はそう思わない。

 だから―

「やめろ!」

 突然、充が大声を出した事に美咲は驚いた。

「でも―」

 そう思ってたでしょ?

「悪かった!もう…やめにする…」

「やめにするって…?」

「…もうお前を不幸にしたりしない。
 間違ってた…お前を巻き込むのは筋違いだったな…」

 充は下を向いていた。

「…いいよ。罰なんだから…」

 思いもよらない美咲の言葉にまた驚く。

「バカか。もう決めた…お前をもう傷つけたりしない。
 安心しろ。お前はちゃんと幸せになれ。
 本当お前はわかんねぇやつだな。馬鹿にお人よしだしな」

 美咲の髪をかきあげ、充は愛おしそうに彼女を見つめる。
 美咲は充の手を一層強く握った。

「お人よしじゃないよ私は。
 それに…何だか別れの言葉みたい。どこにも行かないで…今の頼りは―」

 貴方だけ。
 貴方?充君?お兄ちゃん…?
 美咲は充をどう呼べばよいのかわからなくなった。

「今、俺の呼び方に詰まっただろ」

 充もそれに気付く。

「お兄ちゃん?今更って思うかな?」

「俺は別にいい。」

 美咲はふと時計を見た。
 昼を過ぎていた。

「あ…お兄ちゃん…
 お母さんもうすぐ帰ってくるから…学校戻りなよ。皆変に思っちゃうよ?」

「はは。もういいよ、バレれば。お前は嫌か?」

 充が横目で美咲を見た。
 それに気付いた美咲は充に目を合わす。

「私はいいよ。事実なんだから、いずれバレるんだし」

「わかった。ばらしてくる。お前の母親は仕事か?」

「ううん。たぶん買い物…もうすぐ帰ってきちゃうかも…」

 その時、ガチャッと玄関の音が鳴った。

「帰ってきちゃった…」

 美咲が呟く。

「じゃあな」

 そう言うと充は美咲の唇にキスをした。
 美咲は少し戸惑った。
 兄妹なのに…

 充は立ち上がった瞬間、ベッド横の写真を見た。

 懐かしい想いがした。

「…美咲」

「ん?」

「これ…お前の写真か?」

 写真を指差す。

「うん、幼稚園の頃の写真。」

「この男の子…」

「わかんないんだよ…幼稚園の頃って。でもどうしたの?」

 美咲は少し心配になった。

「いや、お前の初恋かな。って思って」

 充は美咲に適当な事を言った。

 この男の子は…俺だ―

「初恋かー。だったのかもね。こんなに仲良しなんだもん」

 愛おしそうに写真を見る美咲が可愛くて充は少し見惚れた。
 充は微かに心が温まるのを感じた。



第八話…美咲・母帰宅です。
充が帰る時に和美と顔を合してしまうのですが、充はその時和美に質問を。
しかし、その事は親達は知られたくないことだったようで…
充の母・景子が次回登場しますが、彼女も口を開かないというね。はい。読んでくださいw
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