第5話<不幸>

「橋川、美咲はどうした?!」

 そう聞いたのはもちろん越川だった。

「あれ、どうしたんだろう?」

 そんなに美咲が心配かよ?
 そう思いながら充は含み笑いをした。

 越川は急いで美咲のいる方へ向かった。

「充君、あの女の人とはどんな関係なの?」

 里奈が聞く。
 もちろん彼女は本性を隠している。

「里奈ちゃんに何か関係ある?」

 少し充が笑みを向けた。

 てめぇの口出しするようなことじゃねぇ。
 そう目で訴えられたような気がした里奈。

「え?」

 里奈は少し驚いていた。
 この男の本性もまた性悪いのだった。





「美咲!」

 越川は美咲を探していた。

「あ、越川君。」

 美咲は越川の姿を見て声をかけた。
 彼女の姿を見た越川は急いで走り寄った。

「美咲…大丈夫か?」

 美咲の肩に手を置いて、息を切らしながら聞く。

「うん、大丈夫だよ?」

 本当は全く大丈夫でない。
 『てめぇには…幸せになってもらっちゃ困る』
 血の繋がった兄に言われた言葉。

 大丈夫でない美咲に越川はなんとなく気付いていた。

「俺、美咲が本当に好きだから…何があっても離さないよ」

 美咲は冷静に言う越川を見た。
 とても嬉しい言葉だけど…

「ううん。私といても不幸になるだけだよ」

 異母兄・充がやりたいことは今まで幸せに育って来た美咲を不幸にすることだ。
 そうしたら越川も不幸になるだろう、美咲はわかっていた。
 彼は美咲が不幸になりさえすれば何でもいいのであろう。
 関係のない人間を巻き込んではいけない―

「俺は美咲といるだけで充分幸せだよ」

 今の美咲にとってはとても嬉しい言葉だ。
 しかしダメだ。こういう優しい人間を不幸にしてはいけない…。

「私達が付き合うって事、無かったことにしよう?」

「美咲?それって―」



 それは、まさしく別れ話だ。
 それはこちらでも起こっていた。



「別れようか、里奈ちゃん」

 サラッと言う充。
 それに対して、驚く里奈。

「え?!どうして、どうして?!充君!!」

「別れたいからだよ。僕はもう里奈ちゃんが好きじゃないから」

 こんな時も充は笑顔だった。
 本当の理由はただ面倒臭いというだけの話だ。

 別れ話は簡単に終わるカップルもいれば、そう簡単に終わらないとこもある。
 充の方は強制的だった。


 美咲の方は…

「俺は絶対別れない」

 越川が譲らなかった。

「本当に、越川君は不幸になるよ?!
 私なんかと一緒にいるだけで不幸になるんだよ?!」

 私のせいで人が不幸になるなんて…
 そんな責任、私には負えないよ

「いいよ!!お前といるのが幸せなんだから―」

「本気で言ってるの…?」

「そうだよ!それぐらい美咲が好きだ。…美咲は違うのか…?」

 美咲はその質問に答えることができなかった。

 美咲は、本当の愛を信じられなかった。
 そこまで愛する事のできる人間が現れるのだろうか、と考えるほど。
 今の、自分の家族を見てさらにそれが悪化した。

「ごめん」

 美咲は越川にそれだけ言い残し、その場を後にした。

 他人は自分とは逆の事を思っているのだろうか。
 私は自分勝手なのだろうか。
 それとも、自分がそれほど愛する人と未だ出会っていないからなのだろうか。

 どちらとも、自分は未熟である事に変わりはなかった。





 翌朝だった。

「えー。松尾さんてそんな人だったんだー…」

 学校での噂話が目立っていた。

 美咲がその近くを通り、目を疑った。
 そこは掲示板。

 目を疑ったもの、それは『松尾美咲は二股をしています』というタイトルで、美咲と越川の写真付きの張り紙だった。
 それを破り取り、向かう先はもう決まっている。
 美咲を不幸にしたい人物。

 橋川充。
 ただ一人だけ―



 充は教室で、友達と喋っている最中だった。

 美咲は何も言わずその輪の中に入り、充に先ほどの張り紙を見せ付けた。

「美咲…二股してたんだ…越川と…?」

 充は写真を覗きこんで言った。

 その時ちょうど、教室に越川が入ってきた。
 二人の光景を見てすぐに美咲の方へ飛んで行った。

「美咲!」

 そう言いながら越川は張り紙を奪い取った。

「おい、越川。なんで橋川の女に手出してんだよ」

 充の友達の一人が言った。

「美咲と橋川は付き合ってない。だから二股じゃないんだ。な、橋川?」

 越川は充に答えを促した。
 もちろんのこと、欲しかった答えは返ってこない。

「だから俺達は付き合ってるんだって。
 …何、美咲は嘘ついてるんだよ…。お前はそんなヤツじゃないだろ…?」

 橋川は美咲を覗き込んだ。
 すると、美咲は充の目を見てこう言った。

「最低」

 クラスはひそひそ話を始めたが、誰もこの状況下を理解するものはいなかった。






 休日、美咲は家のリビングのテレビの前でくつろいでいた。

「ねぇ、お父さん」

「どうした?」

 この父娘はいつもどおり、普通だった。

「私に言い忘れてることとかないの?」

 美咲のその一言で、父は少し黙りこくってしまった。

 お父さんはまだ言える勇気がないんだね。
 言えば楽になるのに―

「お前は何を勘ぐっている?」

「本当の事を知りたいだけ」

 美咲の父・健史はまだ美咲が真実を知っている事を知らない。

「何も無い」

 健史はそれだけ言い、新聞を片手にリビングを後にしてしまった。



第六話…ふと美咲がアルバムを見ると、幼稚園の頃の写真が少ないと感じた。
その中でたった一枚だけ残っていた写真には、小さな男の子が一緒に写っている。
そして夜には夢にまで出てきた、一体それは誰なのか―
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