第47話<暖かい存在>

 サーフィンの穴場だったその場所は人が少なかったのだが、抱き合う二人を他にも見ていた人がいた。
 堤防にいる身長の低い女の子…。
 それに気づいたのは伸也自身だった。
 だってそれは伸也の片思いの相手―絵理香だ。

「絵理香…?!」

 伸也が美咲から離れ、階段へと向かう。
 美咲はというと、放心状態で砂場に崩れ落ちた。

 そこで健司が美咲の額をペチッと軽く叩く。

「な…何でお兄ちゃん逃げた?」

 失望…?軽蔑…?
 嫌なのに…何で…何てことをしてるんだ、私は…。

「美咲…」

 詩織が美咲を抱き締めた。

「じゃあなんでお前はあんなことをした?」

 健司が聞く。
 美咲は少し考えた。

「何となく…じゃないけど
 健司君、詩織に喋った?私の気持ち…
 どちらにしても、もう時が来ると思った。お兄ちゃんに知られる前に…」

「悪ぃ…」

 健司が呟く。
 自分がまた引き金となった。
 それを考えると心が沈んだ。

「お兄ちゃんから離れなきゃ…って。でも伸也君に迷惑掛けちゃった…」

 美咲が沈んでいると、健司が言う。

「ちょっと待ってろ」

「へ?…健司君?!」

 詩織が叫んで言うが、健司は急いで充を追うため、道をたどって行く。
 まさか真実を告げるわけではないだろうと思ったが、詩織は心配になった。



 数分して健司が充に追い着いた。

「おい!待てよ」

 いつの間にかもうすぐ陽が沈むころになり、周りがオレンジ色になる砂浜。
 俺達はどれだけ遊んでいたんだろう、と思う暇もない。

 充は何も言わない。

「美咲の気持ち、考えたことあるか?」

 背中越しに健司が言う。

「は?!毎日考えてる!」

 充は健司の方に振り向いた。

「ふーん」

 健司はそう言って海の方を見、砂浜に座った。

「なんだよ。お前はわかってる、って言いたいみたいだな」

 相変わらず充は立ったまま。
 健司は構わず話を始める。

「お前は自分の気持ちを押し殺すことしか考えてこなかった。
 だから美咲の気持ちが見えないんだよ。俺の言ってる意味解るか?」

「そうだよな。お前は押し殺さなくていいんだ。気楽でいいな」

 充のその言葉に健司は怒った。
 健司は砂をぐっと握り、充にかけたが、砂は彼の足にしかかからない。
 またそれに健司はイラつく。

「お前は俺の気持ちも解っちゃいねぇな!!」

 健司はそう言うと立ち上がり、充の肩を力強く押した。

「お前の気持ち?お前も美咲が好きなんだろう?」

「ああ、そうだよ!だからお前達見てるとイライラするし…苦しいんだよ!」

 充は健司の言葉に怒りを覚えた。
 健司が認めた、美咲への想い。
 怒りのままに健司の胸倉を掴むが、健司は言葉を続ける。

「俺は美咲の気持ちを知ってるから余計苦しいし、悲しい。
 全く…本当、お前達もっと楽に生きろよ。お前ら相思相愛なんだから―」

 健司を掴む手が緩んだ。

「なんだよ、相思相愛って―嘘…だろ?」

「嘘言ってどうすんだよ…」

 充は戸惑った。
 心臓が半端なく高鳴ってて…怖くなった。
 言葉に表せぬほど嬉しく、心の底から何かが込み上げてくるよう。
 嬉しすぎて、それは一生分の幸せをもらうくらいだと充は思う。





「俺…会わす顔がない」

「は?悪いことしたわけじゃないのに何言ってんだよ」

 外は真っ暗になり、健司の別荘前に二人は立っている。
 充は入るのをためらっていた。

 健司はそんな充を気遣い、言う。

「詩織ちゃんと外に出るから、二人で話し合う…ってか告白か?何でもしてろ」

「あーーーーーーーーーーーーーーー嫌だ!!」

 充は脱走しようとした。

「おい!!どこ行くんだよ…」

 健司は充の服をがっとつかんだ。

「恥ずかしいぞ…」

 充が純粋な少年に戻った。
 健司はそれが少し嬉しく思えた。

「お前、何言ってんだ?今まで散々恥ずかしいことしてきたくせに…」

「なんだそれ…」

「まあ…とりあえず、詩織ちゃん追い出すから。あとは勝手に、ご自由にどうぞ」

 健司は笑顔だった。
 扉を開け、健司は叫ぶ。

「詩織ー!!」

 なぜか呼び捨てだった。
 詩織はひょいっと顔を出す。

「お散歩しようか」

 健司の満面の笑みに詩織は、はにかんだ。
 充と美咲を二人きりにさせるのが目的だと知っていても、優しくそう言われたのが嬉しく思った。

 詩織が出ると同時に、充は別荘内に入り込んだ。



 暗い海、健司の後に詩織が続いて歩いている。

「ねぇ、健司君。言っちゃったの?昨日、私に教えてくれたこと―」

「…ああ、言った」

 健司が美咲を好きだったであろうから、詩織は少し心が痛んだ。

「健司君は…辛かったでしょう?」

「うーん。でもそんな辛くなかった。
 美咲を諦めてたし、もとから"友達"って気持ちのが強かったしね…」

 好きな人の失恋。
 詩織は健司の背に寄りかかり、そのまま彼の手を握った。

「詩織ちゃん…?」

「詩織でいいよ…さっきそう呼んでくれたでしょ…?」

「そうだね…」

 健司は海を眺めながら、静かに涙を流す。

 ああ、俺は充も美咲も大切なのに、二人はこれから地獄に堕ちていく…
 二人が幸せであればいいけど、周りから祝福はされないだろう。
 守り切れず、引き裂き切れず、悔しくて悲しい。

「私でよかったらずっと一緒にいるし…健司君に悲しい想いさせないよ」

 健司は詩織の手を握り返した。
 涙がさらに流れる。

 美咲にも詩織にも嫌な思いをさせたのに、二人とも俺から去って行こうとはしない。
 ましてや詩織は今、俺の心配までしてくれている。
 どうして…俺のことを心配する…?
 どうして…俺のことを好きなんだろう…

 こんな愚かで汚れた俺を好きでいてくれる。
 なんて大切な存在だろう。
 嬉しくて、ちょっと顔がにやけた。

「力足らずだけど、私と一緒に美咲達守っていこうよ」

「ああ…」

 こんなにも優しくて暖かい心がこんなに近くにあった。
 そして俺を包んでくれる。
 自分の弱い部分を見せられる、俺にとって大切な人が増えた。



第四十八話…告げる想い…
あなたをこんなにも想っていた、想いが溢れ出る。
愛していると告げることがこんなにも待ち遠しかった―美咲、愛してる。
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