第46話<サーフィン>

 互いの気持ちを知らないのに、兄妹なのに。
 二人の間には愛があって、互いを思いやってるんだよ。

 耳元で聞いた事実は―この世の何を聞くよりも驚いた。
 詩織はハッとしてすぐに健司を突き飛ばしてしまった。

「痛いよ詩織ちゃん」

 ヤメテ

 突き飛ばされてもなお、健司は悪魔の微笑みを浮かべている。
 詩織はその目が恐ろしく声が出なかった。
 そんなわけないよ、言いたいけど言えない。

「事実は事実。詩織ちゃんが嫌だと思っても決して変えられない。」

 そういう健司の眼はどこか寂しそうに見えた。
 悪魔の微笑みはもう消えていた。

 するとそこにカチャ…とドアの開く音がした。
 充と美咲が一緒に帰って来た。

「どうしたの?二人とも…」

 美咲が二人の雰囲気に疑問を持った。
 すると健司が「何でもない」と言った。

「俺ちょっと先に休む…明日は大いに楽しむぞ!」

 健司は一生懸命笑顔を作った。
 美咲はそれを見て安心する。
 しかし、詩織にはあれが作り笑顔であることはすぐにわかった。

「詩織、私らも寝よー」

 美咲は笑顔で詩織の肩に手を置いて誘導していく。

 詩織と健司の様子がおかしいことは充も美咲も気づいたが、それほど深追いしないことにした。





 翌朝。
 太陽はまたもサンサンと照っていた。

「あーあ。こんなに陽が照ってたら日焼けしちゃうじゃん」

 詩織は一生懸命、日焼け止めを塗っている。

「夏だからねー。仕方ないよ」

 再び、元気のいい健司・充の男子どもは海で遊びに行っている。

「あと何日いるんだろうね。」

「いいじゃん最後の旅行かも知んないよ?」

「どうして?!」

 詩織は美咲を見た。

「考えてみなよ。高3なんだよ私ら。
 普通の高校生はもう受験勉強始めてるよ?勉強終えたら大学で毎日忙しいよ」

「…なんか大学行きたくないよ…」

 詩織は砂浜をいじっていた。

「でも行く先はもう決めたんでしょ」

「…何となくね。できれば美咲と同じ大学行きたい」

 そう思ったのは昨日知ったこと・・で美咲が心配になったのもある。

「私も一緒の大学行きたいけど―」

 人にはそれぞれの人生がある。
 美咲はなるべく充から離れて生活をしようと考えていた。

 大学に入ればそれなりに忙しくなって恋愛なんてしている余裕もなくなるはず。
 兄への気持ちも消える。
 例えひとつ屋根の下に暮らしていても…そうであって欲しい。

「本当…私って馬鹿だ」

 美咲はつぶやいた。

「どうして?」

 兄を同じ家に住まうようにしたのは自分なのに、自分は離れようとしている。
 ならばあの時離れていればよかったんだ。
 行動と言葉が矛盾している…。

「ううん、なんでもないや」

 詩織は美咲の心中を察した。

「美咲は馬鹿じゃないよ」

 詩織の言葉に美咲はふと笑った。
 そしてふいに遠くを見た。
 そこには何人かサーフィンをしている人がいた。

「ねぇあれ見たくない?!」

 気分転換にでも、と思った。
 考えれば考えるほど沼にはまっていく気分だ。

 美咲は健司と充を置いて、詩織を連れて行った。

「いいの?健司君と充君置いてって」

「いいよ。どうせ私ら忘れてはしゃいでるんだから」

 詩織は笑って美咲のあとをついて行った。





 数分してサーファーの元に着いた。
 見るとサーファーの一人に見知った顔があった。
 昨日の純粋なナンパ男だ。

「お、また会ったな」

 男が言う。
 詩織はこの男を嫌っていたが、美咲は害のないやつだと知っている。

「ねぇ、私あなたの名前知らないんだけど」

「ああ、そうだった。俺は伸也。伸也って呼んで」

「伸也君ね、私は美咲。あれ、知ってたっけ?」

 昨日浜辺で会った時のことを思い出した。
 しかし、詩織によってすぐに現実に戻された。

「美咲!何で自己紹介なんてしてるの?!」

 詩織は美咲の後ろに隠れて腕を引っ張る。
 まるで「帰ろう」と言っているみたい。

「詩織、この人本当は悪い人じゃないんだよ」

 いくら美咲が言っても詩織は信用できなかった。

「この人は…私らと同じ状態なんだよ」

「え?どういうこと?」

 すると伸也が言う。

「片想い…?ふーん。
 相手に思いを伝えられない…
 美咲は昨日の男で…君の相手は…あの片方の男か?!」

 片方の相手というのは健司を指している。
 美咲の好きな相手が充だというのはただの予想でしかないが、当たっている。
 ただ彼は二人が兄妹であることは知らない。

「美咲の片想い…?」

 怖くなった。
 昨日の健司の話を思い出した―

 美咲と詩織は終始、伸也の話を聞いていたが、詩織は少し気が気でなかった。
 昨日のナンパ男がそんな純情な男だったんだ、なんてどうでもいい。
 美咲、私は大丈夫。
 あなたの気持ちが…誰に向いていても離れていったりはしないよ―

「―そういうのって女は喜ぶもんなのか?」

 悲しい思いなんてもうさせたくない。
 あなたは辛い思いをし過ぎてる。

「まぁ人によるけど、嬉しいもんだよ。ねぇ詩織」

 詩織はハッとした。

「え?あ…うん、そうだね」

 話は聞いていなかったがとりあえず言葉を返す。

「詩織ちょっとおかしいよ?」

「ねぇ…美咲、私は力になるよ」

 美咲をまっすぐと見る詩織の眼が…とても真剣だった。

「詩織?」

「美咲の恋愛」

 二人は見つめあってた。
 詩織は目を離さないし、美咲は詩織から目が離せなくなった。

「美咲、悩みがあるのか?」

 そう言うのは伸也だ。
 伸也は何も知らない…。

 美咲は心臓当たりに手を当てる。
 まるで心臓にそれ以上高鳴らないでと落ち着かせるように。
 詩織にバレた。
 なのに、どうして詩織は普段通りなの?
 軽蔑していいのに、離れていけばいいのに…

 こうして人にバレていくなら、充自身にバレるのも時間の問題…
 いや、もう既にバレていて充は何も言わないだけなのかもしれないと怖くなった。

「美咲…?」

 美咲は立ち上がった。
 詩織が心配に思ったところに、ちょうど充と健司が来た。
 2人が見る限り、3人はとても"楽しそう"には思えなかった。

「探したぞ?」

 充と健司が3人に近づく。

「美咲どうした?」

 伸也が心配そうに美咲の横に立ち上がった。
 ふと美咲が何か考え付いた。

 小声で伸也に「ごめん」と言うとそのまま彼に抱きついた。
 伸也は少し驚いたが、"やめろ"などとは言わなかった。

 美咲はそのまま充を覗いてみた。
 驚きを隠せないようで、充は背を向けて走り去った。

 私―何してんの。



第四十七話…暖かい存在。
どうして去って行くの?私に失望したの?私が欲した存在…側にいて欲しいのに…
≪BACK TOP INDEX NEXT≫
TOPは、小説『兄妹愛』のトップページへ行きます。
INDEXは、我トップページ・COHENへ向かいます笑