第44話<別荘>

 奪えるもんなら奪ってみろよ―

 なら奪ってやるか。





「早いものでもうすぐ夏休みだねー」

 教室の一角、詩織が美咲にそう声をかけた。

「そうだねー。もう夏休みか…」

「夏休み終わってから卒業式までが早いんだよね…」

 中学の時も夏休みが終わるとあっという間に卒業式を向えたのを詩織は思い出していた。

「やあ、お二人さん?」

「あ、健司君…」

 詩織が健司を久々に間近で見て、言葉を漏らした。
 美咲は漂う空気にどうすればよいのか、わからなかった。

「お嬢さん方、夏休みに俺の別荘に来ませんか?」

「え…」

 詩織も美咲も驚いた。
 ついこないだ詩織が健司に告白したばかりだというのに…
 必ず気まずくなる…。

「その別荘、海の近くなんだ。水着忘れないでね」

 健司はそう言って去って行った。

「詩織…大丈夫?嫌なら断ろうよ」

「美咲まで断ることないよ」

「ううん、詩織が行かないなら私…用ないもん。
 それにしても健司君…一体何考えてるんだろう…」

「ねぇ美咲…私、健司君の別荘行く。
 最後にもう一度だけ挑戦する。これが最後のチャンスと思って…」

「何も別荘で告白しなくてもいいのに」

「ううん」

 ただ告白するだけじゃない。
 健司君が美咲を好きなのかも確かめたいのもある。
 それが自らの眼で確かめられるかもしれないし。

 もちろん、これには充も付いていくのだという。





 いつものメンバーで、高校最後の夏休みを過ごす。
 その日がついに来た。

 皆ぎくしゃくしているのに、健司だけ知らぬ顔してテンションを上げている。

「俺の別荘はここだよ」

 そう言い、指さす建物は普通に良い家だった。
 本当に海の近くにあるし…、本当に健司の家は金持ちだと改めて思った。

「さあ、皆入って」

 中も広い。
 小さな町の一社長も侮れないな、美咲は思った。

「本当金持ちだね…」

 美咲は率直に感想を述べた。

「部屋はどうする?
 一人一室、数はあるけど…二人ずつにする?それとも4人で過ごす?」

 健司は笑った。
 後者は絶対に採用されないと知っていたから。

「いつも通り2、2でいいじゃん」

 美咲が言うと、詩織も同意した。

「そっか」

 健司はふと充を見た。

「どうした?健司」

「いや。お前…言ったこと覚えてるよな」

「は?何の事だ…?」

 充は覚えていなかったようだ。
 それでも健司はいいと言って微笑した。

 俺は奪えたら奪う。
 お前が言ったんだ。
 奪えるもんなら奪ってみろ、と―

「さっそく海行こうぜ!!」

 健司は楽しんだ。
 高校最後の夏休みを。





「このビーチボールでボールを落とした方が負け」

「負けたら何かすんのか?」

 充は浜辺で健司の話を聞いた。

「俺が勝ったらお前の言うとおり美咲の彼氏になるー!」

 冗談交じりだったが半分本気の健司。
 驚いた充だったが、まぁいいと思い自分が勝った時のことを聞く。

「じゃあ、俺が勝ったら?」

「充が勝ったら…?お前の好きなようにすればいいよ―」



「ねぇ詩織、健司君ってただ羽を伸ばしたかっただけなのかも…」

 太陽がサンサンと照る同じ砂浜に美咲と詩織は座っていた。
 水着を着て、その上にジャージを羽織って水着が見えないようにしていた。

 多くから充と健司を見守る。

「そうだね…」

 二人の視線の先、充と健司は楽しそうにボールで遊んでいる。

「でも本当に健司君は何考えてるかわかんないよね」

「うん」

 するとそこに見知らぬ男が2人現れた。

「あれ、お嬢さんたち二人?」

 絡まれた!!美咲はそう思った。
 その問いに美咲は素直に答える。

「いえ、あそこに連れが…」

 そう言えば男たちは帰ってくれると思っていた。
 美咲の考えは甘かった。

 充と健司はこちらに気づいていない。
 ボールが海の方へ飛んでしまい、二人で競争さえしている。

 すると男二人は美咲と詩織の両端に座った。
 近くで見れば男たちの年齢はさほど自分たちと変わらないだろうと思った。

「あの連れの人たち全然こっち気づいてないよね。あれ彼氏?」

 二人は黙った。
 彼氏でないと知れば、また絡まれるだろうし…
 彼氏と言ってあの二人に害を与えてしまったらどうしようとも思う。

 逃げようにも腰が上がらない。

「てか近くで見るとかわいいよね…」

 その言葉で男は美咲に近寄った。
 その行動に美咲は意を決した。

「そうです。あの連れ、私らの彼氏です。ね!」

 美咲は詩織に同意を求めた。
 彼氏だと言えばもう絡まれないだろう。

 か・え・れ!か・え・れ!美咲は内心そう思っていた。
 またこの考えも甘かったようだ。

「でもそういうのも燃えるよね」

 美咲の隣に座っていた男が美咲の前に移動した。
 おもむろに美咲の頬に触れた。

 その時だった。
 詩織がふと上を向き安堵した顔になった。

「すいません、うちの連れが何かしましたか」

 充だった。
 美咲の前に座った男の肩に手を置いている。
 その手の力にイライラが募り、次第に強くなる。

 充の少し後ろにボールを持った健司が立っている。

 健司は思い知らされる、充の美咲への強い想い。
 男が美咲に近寄ったのに気づくとさっと駈け出したのだから―俺よりも早くね。

「彼氏か…ちっ行こうぜ」

 二人の男は背を向けて去って行った。
 美咲はしばらく何気なくその背を見ていた。
 すると、さきほどの男は振り返り手を振る。

 口元がかすかに動く。
 またね―
 美咲は心がざわめいた。

「美咲、大丈夫か?」

 充が聞く。

「え、うん」

 美咲は男から充に視線を移す。
 充を見た美咲は安堵し、笑顔を見せた。

「ごめんな…もっと早く気づいてやれなくて…」

「お兄ちゃんが謝ることじゃないよ」

 美咲は充の手を握り、目を見て微笑んだ。

 愛し合う二人―互いの気持ちを知らずないのに。
 やっぱり俺には入り込めない。
 でもこんな愛が、相手が欲しい―健司は思うのだった。



第四十五話…悪魔…再び。
悪魔降臨!!だけどいじめる相手は美咲ではなく、詩織。
互いの気持ちを知らないのに時々垣間見れる互いを思いやる二人の愛。
それが恐ろしくなり、健司は詩織にすべてを告げる―詩織ちゃんはどう思うの?
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