第41話<叔父>

 充と健司は1階の充の部屋にいる。

 両親共々帰って来て、皆で食事を食べた。
 とても楽しい夕食だったが、父親である松尾健史は浮かない顔をしていた。

 美咲と詩織はもう風呂に入り終えたようだ。
 あとは充と健司だけ。

「なぁ、健司」

「どうした?」

「俺ずっと聞いてみたかった…お前は俺の気持ち知って、どう思った?」

 健司は風呂に行こうとして立ち上がったのだが、すぐに振り返って充を見た。

「何を突然…―」

「突然じゃない。ずっと聞いてみたかったんだ」

「―正直幸せにはなれないと思ってる」

 充は黙ったが、健司の反応には予測できていた。
 俺に幸せは一生訪れないな…。
 充は心の奥底でそう呟いた。

 そんなのは困るのに―
 健司は充の幸せを願った。

「お前、新しく彼女作れよ!
 里奈ちゃんはずっとお前のこと好きだし―」

 愛し、愛される相手を見つけてくれ。
 愛するだけでは辛すぎるだろう?

「わかってんだろ健司…そんなことしても、心から気持ちが消えない」

 美咲は俺の中から消えないんだ…。
 ずっと俺に笑いかけてくれている。

「俺にはお前がそう言い切れることが理解できない。」


 健司は本当の恋を理解できなかった。
 里奈のように別の女に心は簡単に移ると思ったし、充を愛してくれる相手はいくらでもいると考えていた。
 あとは充の心次第。

 その考えの原因は幼少に人間不信になりかけていたことだろうか。
 充以外の人間には心を開けないでいた。
 そしてその後、美咲に出会った。

 愛し愛される仲を健司は理解できなかったが、そういう相手がいるのを羨んだ。
 今のこの兄妹がそうだ。
 互いの気持ちを知らなくても愛し愛されているのだから。
 でも絶対にそんな仲にはさせない。
 それが幸せになれるとは限らないんだ―お前らの場合は…。


「お前が美咲を貰ってくれたって良い。
 お前なら安心だし、美咲だってお前を信頼してるだろ―」




「美咲の好きな人?」

「そう、誰かは言えないけど私の好きな人」

 詩織は驚いた。
 美咲からこんな話をしてきたのは初めてだった。

 そして好きな人がいるのも知らなかった―

 美咲と健司が付き合っているという噂ばかり聞いていた。
 ただ、それだけ。

 詩織は嬉しい反面、喜べずにいた。

 『受け止めてくれない』

「私、美咲の好きな人って誰か予想がつかない…健司君じゃないならなおさら―」

「―この話はやめよう!詩織はどうなの?
 健司君と…そういえば、健司君って付き合ってる子とか聞いたことないよね」

「…うん。」

 詩織は感覚的に健司君は美咲が好きであると思っている。
 それはずっと前からだ。

「健司君は恋愛に興味ないのかなぁ…」

「違う!…かな。
 健司君自身気づいてないかもしれないけど好きな人いるよ…」

「大丈夫。健司君は詩織の気持ちを粗末にはしないから―」

 言った後で、健司の中に悪魔を見たことを思い出した。
 訂正することもできず、あの悪魔の姿を詩織にだけは見せないでくれと美咲は願うのだった。

「私も…気持ちを告白できたらどんなに楽か…
 こんな風に思ったのは初めてだよ…こんなに好きになれる人が―」

 ハッとした。
 無意識にポロポロと口から言葉が出てしまった。
 詩織は美咲の悲しそうな目に気づいていた。




「美咲は俺のことは好きじゃないからな」

「そう…なのか?」

 健司の表情から『何かあったな』と思いつつ充はそれを聞けないでいた。

 それから健司は風呂に向かい、美咲の事を考えた。
 いつも言う充の言葉。
 美咲をもらってくれ、まるでそう言っているようだ。
 たしかに自分が貰えない分、知らない人間に渡すより見知った人間に渡した方がマシだ。
 だけど、もしそうしたらお前が一番苦しむんじゃないか…?

 健司はそう考えながら風呂を出た。

「充、風呂」

 健司の声で充は風呂に向かうのだった。

 充の部屋は一階の客室ということは聞いているが、あまり使っていなかったようで書棚などが置かれている。
 その書棚に、アルバムのようなものを見つけた。
 パラパラと勝手に見る健司。

「あの人に兄弟がいるのか」

 健司がそう呟くのは少年時代の松尾健史の写真。
 少年の健史の隣に、もう一人少年がいる。
 写真の下に名前が書いてあった。

「健史、辰也…ふーん、兄弟…か。」

 兄弟?
 兄弟がいても別におかしい話じゃない。
 なのに、健司はなぜか引っかかっていた。



 それから数日して、健司は越川が美咲への想いを諦めたのを知った。
 里奈も同様に諦めたことはその後知った。

 俺が今までしてきた事は無駄になった―





 あの日から、里奈と越川が諦めたのはどうでもよくなっていた。
 なぜなら『辰也』という存在。
 二人の兄妹の父親・健史の弟。

 似ている。

 健司はどこかでこう願っていた。
 もし、どちらかの実父であれば―と

 そうすれば二人は従兄弟となる。
 法律上、恥じることなく結婚することができる。

「あの…」

 思い悩んでいる健司に声をかけたのは詩織だった。

「あのね、美咲の好きな人って知ってる?
 すっごく悩んでるみたい…思いを告げられたらどんなに楽だろう、って…」

「…そっか」

 そんな風に悩む美咲を楽にさせたい。
 健司はそう思っていた。
 しかし本当に楽にさせられることはできるだろうか。
 一生こうして悩み続けるのかもしれない。

 そして、アルバムで見た『辰也』という人。

 もしこの点と点が結びつけば、二人に幸せが訪れるだろう。

「ごめん、ちょっと場所変えていい?」

 詩織は健司を教室から連れ出した。

「昨日美咲が言ってた。健司君は私の気持ちを粗末にはしない、って」

 健司は静かに詩織の顔を見た。
 彼は理解していたし、本当に冷静だった。

「俺?詩織ちゃんの気持ち?美咲ちゃんは俺の何を見てきたんだろう。」

 わざと美咲に「ちゃん」をつけて言う。
 こういうときは必ず偽の笑顔を見せる。

「俺は最悪な男だよ。美咲をいじめて泣かせたし。
 それでも俺を悪く見ない美咲はMなんだろうかね。本当、どうかしてる」

 冗談交じりにそう言うが、健司はどこか安堵していた。
 美咲が自分を嫌ったのではないかと気が気でなかったからだ。

「それに詩織ちゃん、前まで充が好きだったよね?違う?身を乗り換えたの?」

 やっぱり誰もがそこを突きたくなるところだ。
 詩織は健司の目を見た。

「違う!私は本当に健司君のこと真剣なの!」

 詩織は健司の腕をつかんでいた。



第四十二話…勇気…振り絞る勇気。
詩織は美咲の言葉に勇気をもらった。
自分は告白できないけれど、あなたはぶつかって行って―それって幸せなことなんだよ
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