第40話<失恋者達>

「勝手にしろ」

 父・健史の口からやっとその言葉が出た。
 それは充がこの家に住んでもいいという意味だった。

 和美の言葉がもっともだったからだろうか。
 景子の手紙を読んだからだろうか。
 それはわからない。

 健史はその後、一人寝室にこもり景子からの手紙を読み返していた。
 そしてその手紙を封にしまう時、封の中に何か書かれていることに気づいた。
 封を全開にし、目を通す。
 そこには驚くべき事が書かれていた。

『貴方には一つ言ってないことがあります―』



 リビングに残っていた美咲と充。

「お兄ちゃん…よかったんだよね…」

「何言ってんだ。お前が望んだことだろ」

 充はそう言い、優しく美咲の頭を撫でた。

「俺は恵まれてるな」

 美咲は「え?」という顔をしていた。
 充の育った環境の、どこが恵まれているのだろうか。
 そう思ったからだ。

「俺は良い妹を持ったし、
 愛人の子供まで面倒を見るというお前の母親にも感謝している」

「感謝してるなら、これから家の手伝いしてもらいますからね」

 二人の後ろに和美がいた。
 充は笑顔を見せ、こう言う。

「まかせてください」

 充の部屋は一階にある来客者用の部屋となった。




 翌日、授業後のこと。
 美咲は一人ボーっと廊下を歩きながら帰宅するとこだった。

「美咲、聞いたよ。橋川君、美咲の家に住んでるらしいじゃん!」

「うん」

 詩織の言葉に笑顔で答えた。

「やっと家族全員がそろったね!
 一応私も"橋川君"って呼ぶのやめようかな…」

「どうして?」

「…"充君"って呼んだ方がさ、親しい感じするじゃない!」

 本当は二人に気を遣ったのが事実。
 名字が違うのをいつも思い知らされ、辛い思いをすると思ったのだ。
 兄妹なのに名字が違うって嫌なことでしょ―?

 詩織の後ろに健司がいた。
 彼はこう言う。

「美咲、よかったね」

「…うん、ありがとう。健司君」

 美咲の中で健司は悪魔に見えるときもあれば、逆に優しい面も見せられる。
 今回の件は少し健司が協力をしてくれたところもある。
 美咲は素直に礼を言った。

「礼はいいよ、代わりに今日お前らの家に遊びに行くからな」

 健司の言葉に詩織が反応した。

「あっ…私もいい?!」

 美咲は笑顔で「もちろん」と言った。

「じゃあ行こ、行こ!」

「何急いでるの?」

 はしゃぐ詩織を見て、美咲は微笑む。

「…だって何だか嬉しいんだもん…
 やっと美咲も橋川君…ううん充君もやっと安心できるんだろうな、って思って…」

「充、お前も一緒に行こうぜ」

 健司が近くにいた充を見つけて言った。

「そりゃあ俺の家だから帰るけど…」

「さぁ行こうぜ!」

 4人は松尾家へと向かった。





「好きなのに…何で手に入らないんだろ」

 そう呟いたのは里奈だった。
 ファミレスでくつろぐ彼女の前に座っていたのは越川英治だった。

 里奈はずっと氷の入った水のグラスを眺めている。

「…それって橋川の事?」

「それ以外にないでしょ。
 私が手に入れたくて入らないものってそれくらいよ…」

 越川は何も言わなかった。

 里奈に連れて来られた越川は、なぜここにいなければならないのかわからない。
 詩織や健司達について行きたかったようだ。

「ちょっと、真剣に話し聞いて頂戴。
 その手に入らない橋川充を手に入れるには…何か思い浮かばない?」

「何も思い浮かばない。
 美咲ちゃんは妹で、他に好きな人とか聞いたことないし…」

「健司君が言うの。
 アタックしなきゃ恋なんて成就しない、って。その言葉にだいぶ助けられた。」

 グラスを回しながら里奈は呟く。

「アタックしても実らない恋だってあるよ」

 越川もまた水の入ったグラスを悲しそうに見た。

「…私もそんな気がしてる。
 充君はもう私のことなんて見てない…
 私はずっと前から気づいていたんだけど、気付かないふりしてたんだ…」

「美咲も…俺を見てない。
 気持ちは当分晴れないだろうけど、ちゃんと…俺たち前向いて行かないとね…」

「酷い充君も、優しい充君も…好きだった」

 二人で過ごした思い出が走馬灯のように溢れ出た。
 ああ、本当に好きだった。
 そう思うと里奈は涙を流した。





 松尾家についた4人。

「もう帰るの面倒くさいから、俺ココに泊まってっていい?」

 そう行ったのは健司だった。
 4人は美咲の部屋でくつろいでいた。

「詩織も泊まってけば?」

 美咲の言葉に充も同意する。

「そうだな今日泊まってきなよ。
 女の子の夜の一人歩きは危ないからねぇ…」




 お風呂に入り終えた美咲と詩織は、美咲の部屋でゴロゴロとしていた。
 詩織は美咲のパジャマを借りている。

「私、もう美咲から離れて行ったりしないからね」

「何?突然…」

 タオルで頭を乾かしながら美咲はそれを聞いた。
 詩織が充のことを好きだった頃、美咲が一人苦しんだ時の事を彼女はずっと悔やんでいた。
 どうして友達をあんな風に遠ざけてしまったのだろう、と―

 あの頃から二人はより絆が強くなったと互いに思っている。
 美咲はこの言葉を前に聞いた覚えがあった。
 彼女は本当に反省をしているのだろうと思った。

「私、美咲が好き、でも充君も好きだった。耐えられなかった…」

「あれはしょうがないでしょ、私はそう思ってるよ」

 詩織がもう苦しまないようにと、言葉を選んだ。
 そんな美咲をもう苦しまないで欲しいと詩織は思った。

「自分が好きだと思った相手にぶつかって行って!
 健司君でも他の人でも好きだったら胸に飛び込んで…そしたらちゃんと受け止めてくれるよ」

 詩織はたとえ自分の好きな健司でも美咲が好きだったら飛び込めばいいと思っていた。
 しかし、美咲から返ってきた言葉は詩織が予想していないものだった。

「…私が好きな人は受け止めてくれないんだ」



第四十一話…叔父…健司は美咲の叔父の存在を知る。
できればこの人が充の父親であればよかったのにと健司は思う。
そうであれば、結婚もできるし、こんな悲しまなくてもいいのに―
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