第38話<手紙> | ||||
―健司君のおうちお金持ちでしょ? 小さい頃の俺はよくそう声をかけられた。 ただ父親が会社の社長なだけだ。 だから本当の友達がいなかった。 そんな時、充が声をかけてくれた。 ―健司君、遊ぼう 何気ないその一言を俺はずっと待ってた。 その充を失いたくない。 「詩織ちゃん」 詩織が振り向くと健司がいた。 「健司君ッ」 詩織は驚きながらも健司もまっすぐ捉えた。 彼女が緊張しているのは明らかだ。 でも健司はそんなこと気にもせず、話をする。 「実は美咲、家出してるんだって。 詩織ちゃんの家で引き取ってくれるか、美咲の家に帰してやって欲しいんだ」 え? 親友である美咲の家出を初めて知った。 詩織のショックはそれだけではない。 それを健司が心配していること。 健司が美咲を心配するのはいつものこと―友達だもんね。 でも違う。 表情が違う―それにいつも、いつも心配してる… それが気になった。 「いつも美咲が心配なのね―」 詩織は言った後で口を防いだ。 何を言ってしまったんだろう…。 「ごめん」それだけを言って詩織は健司の前から去った。 健司自身も詩織の言葉には驚いた。 こんなに自分はあの兄妹を心配している。 「世話のかかる兄妹だ」 健司は授業後、学校帰りのその足で松尾家へと向かった。 そして、チャイムを鳴らす。 「はーい」 声は女。 ということは美咲の母だ。 ガチャ 扉を開け、美咲の母・和美が健司を見た。 制服を確認すると、娘と同じ高校の制服であることに気づく。 「あら、もしかして美咲の友達かしら?」 「はい。でも特にお兄さんと仲良くさせてもらってます」 特に嫌味を言った覚えはない。 健司はただ本当の事を言っただけ。 和美の寂しそうな「そう…」という声を聞いた後、健司はかばんから一通の手紙を取り出した。 「今日はこれを渡しに来ました」 健司がそう言うと和美はその手紙を受け取った。 「これは?」 健史さんへ― そう書かれた手紙。 でもなぜそれを充の友達が…? 「これは充の母親が貴女の旦那さんに宛てた最後の手紙です」 「え―なぜ貴方が…?」 もっと疑問がわいた。 景子さんの手紙をなぜ充でなく、その友達が持っているのか…。 「この手紙を発見したのは僕で、充はここへ立ち寄るのは嫌だと思ったので」 健司は何の迷いもなくスラスラと答えるのだった。 「美咲に渡してくださればよかったのに―」 美咲― 健司は一瞬止まった。 今朝、美咲とは喧嘩してしまった。 いや、喧嘩ではない。 美咲に嫌われただけだ。 「そうでしたね」 健司は少し悲しい気持ちになった。 それから松尾家を後にした。 心になぜかぽっかりと穴が開いている気がする。 それは美咲なんだろう。 そう考えている時、前方に美咲が見えた。 当たり前か、美咲の家の近所なわけだし… 健司の足は止まった。 「何でここにいるの?」 美咲が問う。 健司の家は美咲の家とは反対方向。 ここにいるのはもちろん不自然だ。 「お前らのお父さんに充の母さんからの手紙を渡して来たんだ」 「…そう。内容は知ってる? まだお父さん帰ってなかったでしょ。母さんに渡したの?」 「そうだよ。内容は、知らないよ…」 「そっか…ごめん、先行くね」 美咲は走って家へと向かった。 母の反応が気になるのか、それともあわよくば内容を知りたいのだろうか。 それにしても美咲の態度が喧嘩をしたことが嘘のような対応だった。 忘れてしまうほど手紙の内容が気になるのか。 健司は美咲の姿が消えるまでその場で見続けた。 「ただいま!母さんいる?!」 美咲は家に入るなり、声を荒げた。 「あら、美咲。どうしたの?早いわね」 和美はなぜかいつもどおりだ。 それはもちろん、おかしな話だ。 健司があの手紙を渡したはずなのだから。 「母さん…さっき健司君来たでしょ?」 「ああ…さっきの子ね」 名前までは知らなかったが、同じ制服を着ていたし、美咲の友達でもあると聞いていたからあの子が健司君なのだと理解した。 「手紙は?もらったんでしょ」 「…そこにあるわ」 和美はテーブルの方を視線で示す。 美咲はそれを手に取り、封を開けた。 「あら、美咲。人の手紙勝手に見ちゃダメじゃない」 自分だって知りたいくせに― 結局手紙を広げて、美咲の後ろで和美も内容を読んでいた。 要約すればこうだ。 健史さん、貴方がよければ充を松尾家で引き取ってください。 引き取ってくれないなら養育費だけは今までどおり払っていただければ充は一人で十分生きていけると思います。 |
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第三十九話…敵と味方 充に味方する者もいればそうでない者もいる。 和美は充の運命に同情する。
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