第37話<キスマーク> | ||||
美咲は何事もなかったかのように、いつもと同じように学校に来ている。 そして呆然とどこか一点だけを見つめていた。 昨日のことを思い出してるの―? 「美咲ちゃん」 悪魔が名前を囁いたかのように思えた。 その悪魔―不穏なものが感じ取れる…。 「健司君…」 「ちょっと話があるんだ。顔貸してくれる?」 ふと笑う健司。 まるで昔の充のようだ。 顔は笑顔でも目が笑っていないのだ。 廊下を出た二人。 人影が少なくなると唐突に健司が話を始めた。 「俺には美咲の耳の下にキスマークが見える。髪に隠れて見えにくいけどね」 美咲はすぐに両耳辺りを手で隠した。 健司は振り返って美咲を見て笑っている。 楽しんでいるのか―?美咲は恐ろしく感じた。 「こ…これは内出血だよ。いつの日か転んだのかな?」 あはは。 通用しないのは理解していたけど本当のことは言えない。 「嘘はあんまし好きじゃないよ。 別に男と寝てたっていいじゃん。 俺らの歳じゃおかしくない。なのにどうして隠すんだろうね?美咲ちゃん」 美咲は健司から目がそらせなくなった。 手も足も硬直してしまった―。 何を知ってるの―? 「俺は昨晩、お前がどこにいたか知ってる」 美咲よりも背の高い健司に見下され、彼はまるで魔王のよう。 また弱みを握られてしまった― 美咲は地べたに崩れ落ちた。 「どうしたの、美咲ちゃん?充に何かされたの?」 耳元で囁くその声に恐ろしさから鳥肌が立つ。 「―健司君、そうやって私をじわじわと追い詰めて楽しいの?」 健司はハッとした。 まるで我に帰ったように。 「た、楽しくないよ…」 「じゃあもう私のこと、そうやって探るのやめてよ…」 嫌だ― 美咲が背を向けた瞬間、健司はとっさに彼女の腕を掴んだ。 しかし美咲はそれを振り払い、教室に戻って行った。 独り残された健司はショックで彼女の背を眼で追うことしかできずにいた。 嫌われたくなかった。 なのに美咲を追い詰めた…どうして? 「おっ健司君」 階段で悩んでいた健司に声をかけたのは越川だった。 「越川か…」 「嫌そうだな…。それにしても何でさっきの授業いなかったんだ?」 結局健司はショックのまま一時間目の授業をサボってしまった。 「さあな…出る気がなかったから?」 「…あ、そう」 越川はどうでもいい理由だと思い、立ち去ろうとした。 健司がそれを止める。 「なぁ…越川。友達に嫌われたらどうする?」 「…いや、嫌われるようなことしなけりゃいいんじゃねぇの…?」 ちっ聞いた相手が悪かった。 そんなことはわかってる― 越川が言葉を付け加える。 「嫌われたくない友達だったら謝って許してもらいなよ」 当り前のことだったのに、それをしなかった。 健司は越川を見直していた。 でも美咲は許してくれるのか? 「健司」 その時だった。 いつもよく聞く声が健司を呼んだ。 充だ。 「充」 健司の顔にはにっこりと含み笑いがあった。 「どうして今の授業出なかった?」 「その理由、ここで言っていい?」 充は眉間にしわを寄せた。 越川がいる前。 昨晩のことがばれたら―? 「ちょっと来い」 健司は抵抗をするでもなく、連れて行かれるままだった。 「充、“キスマーク”気づいてる?」 充には健司の言葉の意味がわからなかった。 「何の話だ?」 「お前、無意識につけてんだよ。 美咲ちゃんの右耳の下。ちょうど髪に隠れて見えなさそうなところなんだよね」 やっぱり健司には黙っててもらわなければ― 「健司、昨日のことは忘れてくれ」 充の言葉に健司は頭に血が上るような怒りを覚えた。 「忘れられるか! 俺は今までお前らに幸せになって欲しいと思ってたのに… お前ら勝手に地獄に落ちてろ!二人きりで…―俺はどうしてくれるんだ?」 「健司?」 充が健司を覗き込んだ。 健司は愚かな自分に気づいた。 俺は一人になるのが怖かったのか。 二人が一緒に消えてしまうのが、嫌だったんだ― 1時間目が終わった放課の時間。 ちょうど充と健司が会っている頃。 美咲は詩織といた。 「どうしたんだろうね…健司君」 「え?」 「…私、美咲には悪いけど…健司君が気になってるの」 美咲の動きが止まった。 「本気…?」 「え…わかんない。 でも美咲は健司君のこと恋愛対象としては見てないんだよね?!」 「う…うん。まあ、そうだけど!」 あの男はあまりオススメできない。 そう言いたかった。 けど、それが言えなかった。 理由はもちろんあの悪魔の囁きと笑わない目。 昨日のことで健司は変わってしまった。 あんなに明るかった健司― 私達が変えてしまったのか…。私と、お兄ちゃんとで… 健司君が軽蔑するのも無理はないよね。 今まで相談に乗ってもらっていたのに。 健司を裏切ってしまった…。 唯一、私の気持ちを知っている人だったのに― 「橋川君が好きだったのに、今度はその友達にって…私って浮気っぽいかもね〜」 美咲の心は複雑だった。 あの悪魔の姿は私にだけ見せるのであれば詩織は幸せにいられるけど― |
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第三十八話…手紙…景子が健史に宛てた遺書を健司が手渡しに行く。 美咲と会うのは気まずくなってしまった―。 充が渡しに行くのは嫌がると思った健司は自ら遺書を渡しに行く。 その間、健司は幼いころの事を思い出すのだった。
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