第35話<一夜>

 世話の焼ける妹だ―

「美咲!」

 充が美咲を捕らえたのはマンションの玄関だった。

「ごめん…私、自分勝手だった」

 充は美咲の腕をぐっと握り、こう言う。

「今日だけだからな」

 口調はやや強めだった。



 きっかけはその一言。



 部屋に戻る二人。
 無言のままテレビをつける。

 美咲は先ほど充に怒られて少しビクビクしている。
 とりあえず自分の主張を聞いてもらおうと思った。
 そしてテーブルの前に座った。

「…私ね…
 お兄ちゃんがどこか遠くへ行ってしまう気がしたの…。
 だから家に住んでって言ったの。
 でもそれって自分勝手な話だよね…
 それにお兄ちゃんには早く元気になってもらいたかったから…
 私に何かできることがあれば何でもする―」

「何もしなくていい。」

 充はまだ怒っているような感じだ。

「そんな…何でもいいんだよ!
 毎日部屋掃除に来いとか、飯作っとけとか…いろいろあるじゃん…」

「そんなに何かしたいのか?」

「うん!お兄ちゃんの力になりたい」

 美咲のこの一言で二人は一線を越えてしまったんだ。

「なら慰めてもらう。いいだろ?」

 充は美咲を抱き上げ、ベッドに寝かせた。

「え?!お兄ちゃん?!」

「俺が元気になる為にお前は何でもしてくれるんだろ?」

 充の目が真剣だった。

 言ってはいけない言葉を言った…。
 『何でもする』
 美咲は少し心が痛んだが、充に従った。

 それが美咲にとって吉か凶かなどない。
 ただ兄が自分を求めている。
 私はそれに答える…ただそれだけだ。



 その日の充は優しさのかけらもなかった。
 母の死の悲しさ、そして自分に従う美咲に甘えたのだ。
 そして彼女を求めていただけなんだと充自身理解した。





 翌日、先に目の覚めた充は美咲の髪を掻き揚げ、見つめていた。

「悪かったな…俺はどうかしてた…」

 眠っている美咲に謝罪しても何にもならない。
 それでも謝ってしまう。
 腕の中でスヤスヤと眠る美咲を充は眺めていた。

 許されることではない、だけど許してくれ、とこいている。

 その時だった。

「充ー?」

 まさか、健司が現れるとは思いもしない。
 健司も充を心配して来て見たら…こんなことになっていることなど知る由もない。

「…健司」

 健司は充の寝室まで来てしまった。

 俺は悪夢を見ているんだ…
 健司は何度も自分に言い聞かせた。

 夢なら早く覚めてくれ―現実ならどうする…?

 健司はその場から逃げ出してしまった。
 逃げた理由など自分でもわからない。
 なぜかショックを受けている。
 それは事実だった。





 美咲は静かに目を覚ました。
 充の家のベッドで、裸でいるのが昨日の夜のことを思い出させる。

 隣に充がいない。
 今のうちに服を着よう―そう思う美咲。
 しかし服は少しベッドから離れている。

 美咲は掛け布団をかぶりながら服を着替えた。

 ガチャ

 ちょうどその時に充が部屋に入ってきた。

「美咲起きたのか。もうお昼だからご飯食って行けよ」

 昨日の出来事は嘘のように思うほど充は冷静だった。

「う…うん。わかった、ありがとう」

 動揺する美咲。
 充はそんな美咲の近くに座り、頭を下げた。

「ごめん…昨日のこと―どうかしてた」

「謝んないでよ…」

 まるで昨日のことを後悔してるみたいじゃない…
 違う、後悔してるんだ。だから謝るんだ…。

「美咲は嫌な思いをしただろう?」

 美咲は黙った。

「嫌な思いはしてない!!」

「俺の為にそんなこと言わなくていいよ」

「違う!」

 強く言う美咲は充からすれば強がっているようにしか見えなかった。

「ご飯だけは食べていってくれ」

 それだけを言い、部屋を出て行こうとした充。
 しかし美咲がこう言う。

「昨日のこと忘れたいなら忘れていいよ」

 にっこりと笑う美咲は、俺を安心させるためだろうか。
 充は自分の罪の重さを感じた。

「俺のことは気にするな」

 充はそう言い、リビングへと戻っていった。

 愛する人をこんな形で抱いたのは情けない。
 まるで俺は父親と同じみたいじゃないか―



第三十六話…事後、朝。
事が起きてしまった。美咲は嫌な思いなどしていない、と言い張る。
充は罪悪感が募り…健司はショックを受けて…そこに現れる里奈。
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