第34話<家出>

 美咲は家にいた。
 夕飯後、母と父の前で言う、この言葉。

「景子さんが死んだ。
 だから兄は行く宛てもない。だから…この家で4人で住まわせて!」

 一文を一気に言い終えた。
 一瞬の沈黙の後、父・健史は驚きの声を上げる。

「何?!」

 和美も同様、驚いていた。
 健史は和美の手前、充をこの家に住まわすのを拒否した。

「充には悪いがそれはできない」

「どうして?!私たちは家族なのに―」

「母さんは違うだろ!母さんの気持ちを考えたことあるのか?!」

 美咲は拳をぐっと握った。

「じゃあ、どうして…愛人なんか作ったの…?
 父さんが一番身勝手に生きてるじゃん…!!
 それで生まれたお兄ちゃんは、これから一人で生きていかなきゃなんないの?!」

 おかしいよ…おかしすぎるよ。

 その時だった。
 父は衝撃的な一言を口にする。

「俺は一度もあの女を愛したことはない!だから愛人などではない!」

 健史は和美を今も昔も愛し続けていることを伝えたかったつもりなのだろう。
 しかし、これは事実本音であり、美咲はショックでしかなかった。
 美咲は二階の自分の部屋へと走って行った。

 私は何て最低な父親を持ったのだろう…



「健史さん…
 貴方今最低な言葉、言いましたけど…美咲は大いに傷ついていますよ?」

「なぜだ?本当のことだぞ?」

「あの子がどこまで知っているかはわかりませんけど…
 愛してもいない女と寝た貴方を父親に持った、とあの子は傷ついてるんです。」

 ダンダンダンダン…

 妻・和美の言葉に少々傷つきながら、健史はその音に耳を傾けた。

「何の音だ?」

「…まさか!」

 和美は恐ろしく思う。
 リビングを飛び出して見る、健史もそれに続いた。

 ダンッ

 扉を開けた、そこには美咲がバッグいっぱいに荷物を持っている。

「どこへ行くの?」

 和美の言葉に美咲は言う。

「兄のところへ。じゃあね」

 そして、家を後にした。



「私、景子さんの子供と一緒に住んでもいいわ。仮にも貴方の息子。」

「和美、お前は充の顔を見るたび景子を思い出すだろう?!」

「…貴方『私の為』とか言うけど、結局自分の為でしょう?
 貴方が景子さんの息子を見るたび、景子さんを思い出すのでしょう?!」

 その時、健史が後退して壁伝いに腰を下ろしていた。
 それは図星であろうか。





 お兄ちゃん…行かないで―

 美咲は橋川家の前で座っていた。
 どうやら充は家を出ていて鍵が開いていない様子。

 それから小1時間が経った頃だろう。
 うずくまっていた美咲はカンカンという足音に耳を立て、顔を上げた。
 やはりその足音は充だった。

「な…何してるんだ?」

 充は美咲に問いかける。

「お兄ちゃんこそ。こんな夜遅くまでどこにいたの?!」

「遊んでただけだよ」

 ハハハと笑う充。
 その充が美咲の近くを通ったとき、ツンと鼻にくる臭いを感じた。

 …タバコ?

「お兄ちゃん…タバコの臭いがする…」

 充はハッとした。

「な…何言ってるんだよ美咲」

「ううん。臭うもん…」

 そう言い、充の服を嗅いだ。
 そして充を見、何を言うのかと答えを待った。

「近くにタバコ吸ってる人がいただけだろう」

 美咲は納得しなかったが、とりあえず部屋の中へ入れてくれる充についていくことにした。

「で?何かあったのか?こんなに夜遅くに来て」

 充が振り返り、二人は向き合った。

「…家出…してきたの」

 下を向きながら言う美咲。
 もちろんそんな美咲に充は詰め寄った。

「どうしてだよ!なんで家出なんかしたんだ」

「だって…」

 ふとよみがえる、家で言われた父の言葉―

 「この家で4人で住まわせて!」
「充には悪いがそれはできない!」

「あれか?あの男に俺があの家で住むことを言ったのか?」

 充の言葉はほとんど勘だったが、美咲の反応で確信に変わった。

「やっぱり俺の言ったとおり、あいつは断っただろう?
 俺のことは気にするな。だから家に帰れ。皆心配してるぞ。」

 ポンポンと美咲の頭を軽く叩いた。

「…嫌だ!あんなお父さん嫌…
 だから、家出したのに私が今更あっさりと帰れるわけないじゃん」

「お前!甘えたこと言ってんじゃねぇよ。
 今までその嫌な父親に育ててもらってたんだぞ?」

「そんな家族だったらいらなかった!
 何もかも作られた幸せの中で、私は生きていたのに―」

 美咲はそう言い、荷物を持って橋川の家も出て行ってしまった。



第三十五話…一夜…を?!?!?!ってな感じで…。
とりあえず充は美咲が心配で…
このまま松尾家に帰らないより自分の家に泊めた方がと考えた充。
そして、その決断が凶と出るか吉と出るか…。謎なところです。
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