第32話<上級>

 健司は里奈・越川の原動力となっていた。
 そして、それがずっと続くと思っていた―

 季節は桜が舞い散る頃。

 皆の学年が一つ上がり、3年生となった。
 クラス替えも行われたが、皆同じクラスで全く変動はなかった。

「皆同じクラスでよかったね」

「本当だね」

 詩織の言葉に美咲がうなずいた。

「もう3年だね…何か早いなぁ…」

 全校生徒が今、体育館に集合している。
 全員が列を作り、教頭先生の話を聞きながら座っている。

 しかし、それを聞かずして友達と話しかける人もいた。
 詩織もその一人だ。

「何しみじみ言ってるの?
 今3年になったばっかりなんだよ?これから、これから」

 ニッコリと詩織に微笑みかけながら美咲は言った。

「…そうだよね、これからだよね。何か卒業後の事考えると…寂しく思えてさ」

 美咲はふと笑ってこう言う。

「寂しがり屋だね」

「なっ美咲は寂しくないの?!」

 美咲の笑いように詩織は逆上した。
 私と逢わないで寂しくないの?!
 そう言いたそうだった。

「寂しいけど…まだ先だし…」





「暇だな」

 健司と充は教頭の長い話に暇を持て余していた。

「そうだな」

 何かを思い出したかのように健司がさり気なく質問をした。

「お前、里奈ちゃんとはどうなってるんだ?」

 充は一瞬だけ健司を見て溜め息をついた。

「お前は里奈と俺がくっつけばいいと思ってるのか?」

 健司は少し悩んだ。
 心では『当たり前だ』と思うが、それを上手く言うにはどうすればいいだろう。
 悩んだ末、健司はこう言うことに決めた。

「俺は口出ししないよ。皆のしたいようにすればいい」

「皆?」

「そう、里奈ちゃんも越川も…美咲ちゃんもね」

 充にはなぜ美咲の名が挙がったのかわからなかった。
 里奈は充が好きだ、越川は美咲。
 それまでは充も理解をしている。
 しかし、美咲のことはわからなかった。

 美咲にも好きな男がいるんだ。
 そりゃあいるだろう、年頃の女の子なんだから―





 さすがにショックを受けただろうな。
 あからさまに越川と美咲ちゃんが怪しく感じる事を健司は言ったのだから。
 俺は遊びすぎかな?
 さっさと想いを断ち切って欲しいのに…
 あとちょっと…あとちょっとだ。

 そんな健司の想いも空しく、誰もが考えない出来事が起きたのはそれから数日が経った頃だった。

「健司君、おはよう。今日お兄ちゃんはどうしたの?」

「おはよう。挨拶の後に兄の心配するってどんだけブラコンなんですか…」

 そう言う健司がどこかやつれて見える。

 何か悩みでもあるのだろうか。
 美咲が健司を心配した。

「どうしたの?健司君、疲れてるの?」

「…充の母親が…危篤だ。」

 危篤…?

 美咲はそう思った瞬間サッと立ち上がり教室を勢いよく出て行ってしまった。
 健司には美咲のその行動が理解できなかった。

 美咲自身もなぜこうして走っているのかわからない。
 ただ、向かう場所はわかる。
 充の母が入院している、病院だ―


「美咲ちゃん!」

 健司は美咲が心配になって、彼女の後を追いかけていた。
 いよいよ、追いついたところで美咲の腕を引っ張った。

「健司君…」

「病院に行こうとしてる?
 美咲ちゃんには関係ないんだろ…?
 だから学校に戻ろう。景子さんにはちゃんと充がついてるから―」

 美咲は健司の腕を振り払った。

「関係ある!あるじゃん…
 関係ないわけがないじゃん…私の兄の母親だよ?!」

 美咲は一度チラッと健司を見たがそのまま言葉を続けた。

「それに…
 お兄ちゃんには誰もついてないじゃん…あくまでも私は妹だから―」

 ついててあげたいよ…辛いはずなのだから―

 美咲の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。
 健司はそれを見て彼女の頬を拭った。

「泣くな、美咲。行くぞ」

 まるで美咲を自分の妹のように扱ていた。
 優しく、頭をなでもした。

 それから健司は近くのバス停まで美咲の腕をひいて歩いた。
 美咲はバス代を健司に借り、一緒にバスに乗った。


「ねぇ美咲ちゃん」

 呆然と窓を見ていた美咲だったが、すぐに健司の方を見た。

「ん?」

「俺…兄弟が羨ましかったんだ」

 美咲はうなずいた。

「俺は一人っ子で内気だったし家が企業で…
 幼い頃はなかなか本当の友達ができなかったんだ…
 でも充は本当の友達になってくれたんだ。
 だから嬉しかった。
 高校に入ってからあいつはバイトを始めてね…
 その金、何に使うんだろうかと思って充に聞いてみて…驚いたよ」

「自分の父親を探してた…?」

 健司はうなずくこともせずに言葉を続けた。

「俺はあいつの家庭のことは何も口出ししなかった。
 まさか美咲が充の腹違いの妹だったなんて…知らなかった。
 俺がもし知っていたら…充を止められたかもしれなかったのに…」

 健司は頭を下げていた。
 美咲には健司を怒る気にならない。
 その理由がないからだ。

 美咲は健司の背をトントンと叩き顔を上げるよう促した。

「俺はお前ら二人とも大好きで…本当の友達だって思ってる…」

 だから…お前ら二人を不幸にさせるのは嫌だったんだ…。

 美咲の言葉…
 『お兄ちゃんには誰もついてないじゃん』
 健司はその言葉を聞いたとき、罪悪感に責められた。

 想い合う二人はいつもそばに…
 でも…なんで…なんでお前らは兄妹なんだよ…
 いつもそう思ってた。

 なんで兄妹として生まれてきてしまったんだよ―

「ありがとう。わかってるよ―」

 ううん…美咲ちゃんは全くわかってない。
 二人が想いあっていることを…知らないのだから。

 でもそれを告げてしまったら―?
 二人が消えてしまいそうで…怖い。
 そんな気がするんだ。
 告げられない俺は卑怯者。
 その代わりに…二人とも幸せになってくれないか―?



第三十三話…急逝…
美咲と健司が景子の病室へと急ぐ。
しかし、病室を開けて愕然とする―どうして…どうして…?!
美咲はそう思うことしかできなかった…。
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