第31話<説得>

「はい、どうぞ」

 そう言って美咲はジュースとお菓子をテーブルに置いた。
 健司は美咲のベッドでくつろぎ続けている。

「ありがとう」

 そう言って健司はテーブルの前に座った。
 目の前には美咲が座っている。

「で、話は何?」

 美咲が切り出す。

「あのね、ちょっとした噂が流れてるんだよねー…」

「噂?」

 美咲にとってどんな『噂』なのか見当がつかなかった。
 それは前に『充と付き合っている』という噂を流された時と同じほど…

「俺と美咲ちゃんが付き合ってるっていう噂。
 修学旅行の時、俺が美咲ちゃんに抱きついちゃったじゃん…それが決定的だったみたいで…」

 それを聞いた美咲は申し訳なさそうだった。

「ごめん…変な噂が流れちゃって迷惑だよね…」

「それは美咲ちゃんも同じじゃん?」

 ジュースを片手に健司は言う。

「ううん、私はいいの。
 むしろこの噂が流れてよかったよ。私の気持ちがばれそうにないし」

 自分の言葉は明らかに健司を利用しているかのように聞こえる。
 でも健司は美咲の考えを理解してくれると思った。

 案の定、健司は笑って理解してくれたようだ。

「大丈夫だよ、噂なんだから。
 わざわざ教えに来てくれてありがとうね。私の事は心配しなくていいよ」

 美咲もまた健司と同じように笑った。

 お前達は本当に兄妹なんだな―
 美咲の笑顔と充の笑顔が重なる。
 どことなく雰囲気が似ているのだ。

「噂はもう放っておくしかないね」

「ねぇ、美咲ちゃんは誰かと付き合わないの?」

「え?」

「誰かと付き合っちゃえば充に諦めがつくよ」

 健司はジュースを飲みながらサラッと言った。

 美咲ちゃんは充のことを諦めたりしないのだろうか。
 健司はそう思ったことが多々あった。

「…それだったら楽だよね。
 何度も何度も諦めようとしたのに…ダメだったの。
 どうしてだろうね…いつも近くにいすぎるせいかな…」

 そういう美咲は頬杖をついて本当に悩んでいるようだった。

「諦められるかもよ?そういうのよく聞くじゃん」

「…確かにね。でもそんな付き合ってくれそうな人いないしなぁ…」

 美咲の言葉に健司はハハハと笑った。
 いるじゃないか。
 最適な人間が、ね―越川英次





 そんな…悪いよ

 充を忘れる為に越川と付き合ってみたら?
 健司の言葉に美咲はそう言ったのだった。

 自分から別れを言ったのに戻りたいなんて自分勝手すぎる。
 彼に迷惑だ、とも言っていた。

 確かにそうかもしれない。
 しかし、越川なら喜ぶだろうと思う。

「越川」

 土間にいた越川を見つけた健司は彼の横に座った。

「…おう」

 ぶっきらぼうに言う越川に健司は疑問に思った。

「どうした?不機嫌なのか、それとも俺が嫌いかのどちらかだな。」

「…まぁ半分正解だ」

 越川は続けてこう言う。

「俺は美咲が好きだ。
 だけどお前は美咲と付き合ってるらしいからな…嫌いっちゃ嫌いかもな」

 その越川の言葉に健司は笑った。
 こいつも噂を聞いていたのか。
 いや、誰もが知っているのか…
 健司は一人で納得した。

「お前は噂を信じる性質か?」

「…あ?」

「俺と美咲ちゃんは付き合ってないよ」

 その言葉を聞いた越川は見る見る笑顔になった。
 そして「そうかー!そうだったのか」と喜んだ。

「越川、お前はまだ美咲ちゃんのこと好きなんだろ?また付き合ってみればいいじゃないか。」

 健司は美咲と越川のことを充から少し聞いていた。
 昔付き合っていたことを…

「付き合いたいよ…でも俺は別れを言われた方だからな…」

 越川の顔は曇っていた。
 別れを告げられてからも好きでいる。
 俺はバカだと越川は改めて思っていた。

「別れを言われた方だからこそ、何度も挑戦してみればいいじゃないか」

 でも、きっと美咲はくどく思うよ俺の事―
 健司はそう考える越川をどうにか説得させた。




 その後、越川が報告に来てくれたのは健司にとって幸いだった。

「美咲がね、『付き合うのはやっぱり無理だけど今まで通り友達でいよう』って」

 やっぱりダメだったか―
 美咲に越川と付き合ってみては?
 その時から、美咲は越川と付き合う気などなかったのだ。
 健司は何となくそんな美咲に気付いていたのだが…

「友達から恋人に昇格するまで、頑張ってみたら?」

 越川は「そうだな!」と言い、喜んで帰って言った。

 俺は簡単には諦めないよ、美咲ちゃん。





 充は健司と美咲が付き合っていると思ったままだったが、健司と充は元に戻っていた。
 健司も反論するのに面倒になっていたからだった。

 そして訪れた2月14日。
 バレンタインデーだった。

 美咲も詩織もチョコレートを持って来ていた。
 友達同士、渡しあっている美咲を見る越川と充。
 健司ならこの二人の心情が手に取るようにわかる。

 『俺のチョコはあるのかな』

 噴出して笑いそうになるのを抑えに抑える健司。

 美咲ちゃんは優しいから持ってきてるだろうよ。
 むしろ、クラス全員分あるかもな。
 健司はそう予測していた。

「はい」

 そんな健司のもとにやって来たのは美咲だった。

「チョコだよ。いらなかったらお母さんにでもあげて」

「あげないよ。俺がもらったものなんだから」

 その言葉に満足したようで、美咲はすぐに充、越川へとチョコを渡した。

 充にはこの後、大量にもらうであろうチョコであっても、作り手が美咲ということだけで、こんなに表情が変わるのかと健司は思う。

 でも充、お前の気持ちも早く諦めがつかないかな?
 里奈ちゃんが毎日頑張っているのに…
 彼女はお前には合わなかったかな?―



第三十二話…上級…やっと高校三年生になりまーす。
一年長かったですね♪笑
しかし浮かれてばかりじゃない。充の母が―
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