第29話<噂>

「これ結構有名な話だよ…?修学旅行でいちゃついてたっていう噂もあるし…」

 噂好きの女子が詩織の席の近くで溜まっていた。
 彼女達のさす、いちゃついていた、というのはおそらく健司が美咲を抱きしめたことだろう。
 詩織はその事実も知らない。
 その会話に食いついた詩織は健司と美咲のことをもっと聞き出したかった。


「何それ?!」

 修学旅行のことを聞いた詩織は大胆…と思ってしまった。

「でも、詩織ちゃん一番近くにいるのに…何か聞いてないの?」

「うん…あんまし美咲、自分の話してくれないし…」

 『一番近くにいるいのに、何か聞いてないの?』
 詩織はその言葉に黙ってしまった。

 いや、美咲は自分の話をしてくれないんじゃなくて…
 できなかったのかな?それとも、したくない…?
 私がし過ぎ?



 詩織はその子達に別れを告げ、帰路を行く。
 そんな時、後ろから詩織を呼ぶ声が聞こえた。

「詩織ちゃん!」

 振り返ると、越川がこちらに走ってくる。

「越川君、どうしたの?」

「いや、詩織ちゃん見つけたから…
 っていうか悩んでそうだし。背中が…暗いよ。」

 詩織の背は越川からすればは明らかに沈んでいるように見えていた。

「…ちょっと失礼だね。いいけど。
 そういえば私の記憶が正しければ、越川君って美咲のことが好きだよね?」

 美咲と詩織が仲直りをした時、越川はその場に来てこんな事を言っていた。
 『俺は今でも美咲が好きだよ。でもな、今は保留にしようと思う。』
 詩織にとって保留が何かは分からなかったが、その前の言葉に驚いた。
 恥じらいもなく、サラッと自分の気持ちを言ってみせた越川を本当に凄いと思ったのだ。
 そして…それは今でも変わらない―

「うん?そうだよ」

「…美咲のことは諦めなよ」

 詩織は申し訳なさそうに言う。

 『美咲ちゃんと健司君って付き合ってるっぽいよ』
 この噂は私が聞かなかっただけで、学校中では有名な話。
 それもそうだ。美咲はあの橋川充の異母兄妹なんだから―

「え?!誰か好きな人でもできたの?!」

 初詣の時も美咲から感じたこと、それと同じなのだろうか。
 信じたくなくて、ずっと考えないようにしてた。
 ただ好きなだけ、想うのは自由だと思ったから。

「…たぶん、だけどね。」

「それ、詳しく教えて!」

 越川は当たり前に食いつく。

「健司君と美咲が付き合ってるって聞いたの。噂だけどね!」

 詩織がちらっと越川の顔を覗くとその顔は笑顔だった。

「なーんだ!噂かぁ。
 詩織ちゃんいつも美咲といるから本当の話かと思っちゃったじゃん!」

 何でそんな笑ってられるんだろう。
 噂だからだろうか?それとも強がり?

「…私、美咲のことあんまり知らないの…恋愛の話とか…
 いつも私が喋ってて美咲は聞いてるだけ、のような気がする…」

 詩織がよく思い返してみると、そんな場面が多かった。
 少し落ち込んでいた詩織に、越川がこう言う。

「じゃあ聞けばいいじゃん。
 “こんな噂あるけど本当?”って。そんで、それ聞いたら俺にも教えてね!」

「…越川君っていいように私を使おうとしてるよね。」

 越川の言うことはもっともだ。
 噂は噂。本当かどうか詩織自身も知りたかった。

「ごめん、いい機会だな…って思って」





 噂、噂。
 あれはただの噂だ。

 越川は土間で一人くつろぐ充を見つけた。

「おう橋川」

 その声に充が振り返る。

「越川か…」

「何だよ。その言い方は」

「特に意味はねーよ」

 充は窓から空を見上げていた。
 越川はこいつ何考えてるんだろう、と思う。

「なあ、美咲って…付き合ってるヤツいるの?」

 また付き合いたいとでも思ってるんだろうか。
 充はそう思って適当に答えを返す。

「いないんじゃねぇの?」

「でもな、学校の噂では美咲と健司が付き合ってるとかって―」

 言葉を阻むように、充は越川の腕をつかんだ。

「それ、本当か?」

「…あ、ああ、噂だけど。詩織ちゃんから聞いたんだ」

 俺は何に驚いているんだ?
 健司が美咲と付き合っていたっていいじゃないか。
 二人はいつでも仲良くしていた。

 でも…嫌だという気持ちが勝る。

「証拠はあるのか?」

「やっぱり兄貴は気になるもんか。
 でも、俺もそれだけしか―あ、詩織ちゃんに聞こうぜ」

 詩織が通りすがった。
 越川は手を挙げ、詩織に自分の居場所を示した。
 すると詩織はこちらにかけてくる。

「橋川君、越川君、おはよう」

「おはよう詩織ちゃん。
 今越川から聞いたけど、美咲と健司が付き合ってるって言う噂、本当?」

 充は自ら、噂の真偽を聞いた。

「まだ本人に聞いてないから…何とも…
 でも…修学旅行で健司君が美咲を抱き締めて―っていうのは目撃した人がいるみたいなんだよねー…」

 充だけじゃなく、越川までもが耳を疑った。
 この事実は越川も知らなかったからだ。

「それ俺も聞いてない…」

「ごめん…言うの忘れてたかも」

 充は何も言えなかった。
 目撃した人がいるなら本当なんだろう。

 健司は俺の気持ちを知っているからこそ、言いずらかったのだろう。
 俺は今健司に会ったらどうするんだろう。
 殴るか?それとも祝福するか。



第三十話…嫉妬…嫉妬w充の嫉妬w健司への嫉妬w
気持ちを伝えられないのは苦しすぎる、嫉妬せずにはいられないのだ。
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