第28話<裏切者> |
「いつ…私がそんな顔した…?」 身に覚えのない美咲は焦っていた。 美咲にとってあれは無意識の行動だったのだから― もしかしたら…もう健司君は気付いてる…? 「今日の朝」 「今日の朝…?」 ハッとする美咲の反応を健司は見逃さなかった。 その時、健司は美咲の気持ちを確信した。 「やましい事でもあるの?」 「起きてたの…? でもさ、私達兄妹なんだからさ。別にやましい事なんてないから―」 美咲は精一杯の笑顔を向けた。 しかし、健司は下を向いていた。 「健司君…?」 どうしたんだろう。 美咲は健司の背をトントンと叩いた。 すると彼はこう言う。 「もう俺…何となくわかったよ」 美咲は黙り込んだ。 そして心の中で諦めがついた。 この人に何言っても、もう確信している。 彼は私が兄を好きだということを― 「私、おかしいの。どうしてだろう。」 顔に手を当てる美咲。 言ってしまった。 どうか健司君、ばらさないで… 「美咲ちゃん…?」 美咲は泣いていた。 なるべく涙を見せないようにと思っていた。 「…なんで…なんで…私は―」 健司は美咲を力いっぱい抱き締めた。 「健司君…?」 健司は美咲を見ていられなかった。 どうして彼女は泣くのだろう。 どうしてこの子は自分の兄を愛してしまったんだろう。 それは理屈ではどうにもならない。 健司はそれを実感した。 「それ…詩織ちゃんも知ってるの?」 その言葉を聞いて美咲は健司の体から離れた。 「言わないで…お願い…私、今まで通りがいい…」 自分が苦しくなるとはわかっている。 大好きな親友、大好きな兄。 それ以上何も望まない。 美咲は常に心で誓っていた。 「…ねえ…美咲ちゃんの気持ち知ってるのって俺だけ…?」 「うん。気付いたのは健司君だけだよ…皆ありえないって思ってるんだもん」 俺は今、二人の将来を握ってしまった― 修学旅行はあっけなく終わった。 健司にとって修学旅行というのはとても衝撃的なものだった。 兄を愛しているという告白をしてくれた美咲ちゃん。 それを言うのはとても勇気がいったと思う。 あの日以来、健司はずっと悩んでいた。 教室の机に突っ伏す健司を見て、充はおかしく思えた。 「最近どうした?何悩んでるんだ?」 「…いや。何でもない」 本当は『何でもない』なんてもんじゃない。 俺が知ってしまった事実を充が知ったら喜ぶだろうか。 いや、俺はどこかしらこの二人が結ばれてはならないと思っている。 それは世間的にだろう…か? 「里奈ちゃん」 里奈が振り返るとそこにはニコッと笑い、手を振る健司が立っていた。 「どうしたの健司君」 「里奈ちゃん最近、充と会ってる?」 「…バイトで顔合わすことはちょっとあったけど…」 どうしてそんな事を聞くんだろうと里奈は健司の顔を覗いた。 「そっか…家に行ったりはしないの?」 健司はそんな事はお構い無しに話を続けていた。 「嫌われるのは嫌だから…」 里奈は足元を見た。 「それでもアタックしなきゃ恋なんて成就しないよ?」 里奈は顔を上げた。 見上げた先の健司はニッコリと笑っていた。 今、俺がしている事は最低かもしれない。 そう思いながらも健司の仮面は笑い続ける。 いや仮面ではないのかもしれない。 これは本当の顔かもしれない。 「健司君…私に協力してくれるの…?味方になってくれるの…?」 「うん、もちろんだよ」 「よかったー。 私には味方なんていないって思ってた…健司君もあの美咲って子の味方だと思ってたから―」 もし、今でも俺が美咲ちゃんの気持ちを知らなかったら… どちらの味方もしなかっただろう。 「じゃあ頑張ってね」 「え、健司君もう帰っちゃうの?」 「うん」 ごめん里奈ちゃん、俺は君を利用する。 ごめん充、美咲ちゃん…。君達は絶対に結ばれない。 俺が結ばせないのだから― それからというもの、里奈は毎日のように美咲たちの学校へと足を運び、充を迎えに来ていた。 「何あれ!」 「嘘?!充様に彼女―」 充に憧れる女子の中では貧血を起こしそうな子までいた。 この日もまた里奈は正門で充を待っていた。 美咲は窓側の席だった為、それが余計目に入っていた。 授業終了のチャイムが鳴り、充は里奈がいると知ってか知らずか教室を後にする。 美咲はそれを無意識のうちに目で追ってしまう。 「心配?」 耳元で心地よく響いた低い声。 それは健司の声だった。 「ッびっくりした…」 美咲の表情に健司はふと笑う。 「なんか美咲ちゃんて客観視して見てたらすぐわかっちゃうかもね」 健司は美咲が充を目で追ったのを見ていた。 「お前が骨の髄まで大好きなヤツのことだよ」 美咲は目を見開いて驚いた。 『お前』『骨の髄まで』って… 健司君…私が兄にぞっこんって言いたいのか…? それにしても健司の言い方が恐ろしかった。 「…健司君にお前って言われるとは―」 「もういいじゃん。そんな仲なんだし」 「どんな仲?!」 「『俺はいつでも言いふらせるぞ』っていう仲」 ニッコリと笑う健司が悪魔に見えた美咲。 美咲は健司の性格がよくわかったのだった。 「それにしても…里奈ちゃんって凄いね」 「好きならそれぐらいするんじゃないの?」 「そうなのかな?」 そういうと、美咲は健司をチラと見ると目が合った。 「どう思う?里奈ちゃんと充のこと」 「できてんじゃないの?」 ひじをついてマジマジと健司を見る美咲。 健司も同じ格好になった。 「嫌じゃないの?」 真剣に問う健司。 「しょうがないことだよ」 美咲は立ち上がり、かばんを持って教室を後にした。 「ねぇ知ってる?美咲ちゃんと健司君って付き合ってるっぽいよ」 「あーやっぱり?仲いいもんね。今だって…ほら。仲良く話してるし」 そんな会話を耳にしたのは詩織だった。 「え!それって本当なの?!」 |
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第二十九話…噂は噂…ただの噂。所詮噂。 健司と美咲の噂が皆の心をかき乱す。
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