第22話<愛人と娘>

「充にはあまり健史さんの話はしていないの。
 あの子は私を責めないから…健史さんを責めてしまうの。だから…」

 景子は何かに気付いたように窓を見た。
 美咲もその視線を追った。

「あ…」

 美咲は声を漏らした。
 窓を見るとそこには、パラパラと綺麗な雪が降っていた。

 景子は雪を見る美咲を見て、こう言った。

「…私、本当は女の子が欲しかった…」

「え?」

 美咲は景子を見た。

「物わかりのいい、可愛い女の子がね。
 そしたら、私のしたこと・・、気持ちを理解してくれるかな、って思ったのよ」

 まるでほかでもない美咲を娘にしたかったとでも言いたいようだ。

 兄でなく私がこの人の子供であれば理解してくれた?
 まさか。もしこの人の子供であっても私は兄と同じことをしていたかもしれない。
 考えが甘い―

「普通の人間は不倫をした理由を聞いたって理解はしてくれないと思います。」

 景子はふと笑った。
 美咲の言葉がもっともだ。
 それと同時に、その答えが返ってくると予想できたのだ。

「…そうね」

「不倫って世間じゃすごい悪いことだって言われてますよね。
 確かに悪いことだと思いますけど、よく聞きません?
 『人のモノを取った』って…
 そんな事言っても、結局結婚しても人間は所有物じゃない…意志の問題」

 景子は驚き、目を真ん丸くして美咲を見ていた。
 本気で言ってる、景子はそう思った。

「貴女がそんな事言っていいの?」

 不倫をされた家庭の娘が…
 あの和美さんの娘が…それを言うとは―

「私は客観的に言ってるんです。
 結局タイミングの問題なんですよね。
 先に巡り会った方が幸せを手に入れられる…
 私の母が貴女より先に父に出会ってしまったというだけの話…。
 そして、父は貴女と不倫した。それも父の意志。悔やむならしなければいい」

 そう客観的に考えるのは簡単。
 だけど実際不倫をされたら、したら、また違う考えが生まれるんだろうな―
 美咲はそう思った。

 景子は美咲を見てこう問いかけた。

「もし私が先に健史さんに出会ってたらどうするのよ…
 貴女が生まれてなかったかもしれないのよ…?それでもいいの…?」

「しょうがないですよ。
 それがその時の運命なんですよ。それに従うしかないんです。」

 はっきりと言う美咲が微笑ましくて…
 こんな娘が欲しかった―景子は心からそう思ったのだった。

「ごもっとも。私も貴女の考えに賛成だわ。
 だけれど、貴女のお父様は不倫なんてしたくなかったのよ。私が一方的に―」

「でも、結果が全て。不倫したんだから…父は軽率だったんですよ」

「あまりお父様を悪く言わないで。
 それにしても貴女、気に入ったわ。
 本当おもしろい考えしてるのね。和美さんの子とは思えないわ。」

 この人は本当に母を恨んでいるんだろうと思った。
 母はいい人なのに―ただ二人とも同じ男性を愛してしまっただけで…
 それがいけないんだ…同じ人を愛せば苦しいし、恨みたくなる…
 自分もその気持ちが少し理解できている。

「貴女にいい話をしてあげる。
 充にも話したことがない、私と貴女のお父さんの出会いをね―」

 美咲は真剣に景子の言葉に耳を傾けた。



「健史さんと初めて会ったのは20年くらい前のことよ。
 私ね、彼の会社の新入社員だったの。これでも結構ちやほやされたのよ。」

 景子は美咲を見てふと笑った。

「でもね、健司さんだけ違ったの。
 当時はもう和美さんと結婚したばかりだったみたいで…
 だから私の事なんて眼中にない人だったのよ。それが嫌だったのかな。
 私、彼に付きまとって…振り向いてほしくて…いつしか好きになってた。」

 その時の事を思い出したかのように景子はうっすらと頬を染めていた。

「私、嫌われてたと思うわ。
 私が彼に付きまとってること奥さんに誤解されたくないみたいで
 『もう付きまとうのはやめてくれ』って言われたの。
 でも私、彼をとても愛していたから…諦め切れなくて…こう頼んだ・・・の…」

頼んだ・・・?」

「そう。
 『一晩だけ一緒に過ごしてください。』って
 『そしたらもう貴方に付きまとったりしませんから』って…」

 美咲の手は震えていた。
 それを言った景子が恨めしい…
 しかし、それを実行してしまった父のほうがもっと恨めしい。

 愛し合っているなら…
 誤解など理解してくれるだろうに…誤解されていた方がマシだ。

「貴女も…父も最低です…」

「そうね。でもお父様はずっと和美さんを愛してた、それは今でも。
 責めないで頂戴。私があんな事言わなければ、こんな事にならなかったのよ」

 景子の言うとおり、美咲は思った。
 だけれど過去はもう変わらない。

 それにしても、いつだってこの人は父をかばう。
 庇ったら何一つ真実がわからなくなってしまう。
 それは母も同じだ。

「父を庇わないでください」

「庇ってはいないわ、事実よ。
 もともと充は私一人で育てていくつもりだったし…私は不幸じゃないわ。」

 人の家庭を壊しておいて自分は不幸じゃないとよく言えたものだ。
 景子は思う。
 しかし決して幸せであったわけでもない。
 ただ自分の宝が、笑っていてくれたらそれでよかった。
 小さな小さな宝―今は成長した充が。

 やっぱり不倫っていうのは最悪なものだ。
 人を裏切り、身内を裏切り、自らをも裏切る。
 最低なことだ…。

 美咲は拳を握った。
 それを見たのか、景子がまた口を開いた。

「私、いつの日か松尾家に押しかけたの。
 私が最初に健史さんを裏切ってしまったのよ。
 でね、和美さんに…
 『健史さんとの子供ができてしまった』って言ってやったの。
 そしたら離婚でも何でもしてくれる、夫婦の間が崩れると思ったのにな…」

「でも離婚しなかったんだ…」

「そうなの。
 その後に和美さんも妊娠して…意地だったのね。
 二人は愛し合っていたんだから。それが私達の運命だったって事。」

 何となく流されてしまった気がする。
 しょうがないか。景子さんにとって、あまりしたくない話だろうから―

「そんな風に私が生まれたのってちょっと辛い」

「そうね、子供にはかわいそうなことをしたって思ってる。」

「でも、よく考えてみれば、こういうことがなかったら兄にも会えてませんしね」

 窓を見てふと笑う。

「そうよ。貴女だって生まれてたかわからないのよ」

 …この人
 自分のした事棚に上げて感謝して欲しそうだな…
 『私がいたから和美さんは貴女を産む気になったのよ。』
 とでも言いたそうな顔…

 そうかもしれないが、認めたくはない。

「私の気持ちはね、貴女にも大好きな人ができたらわかるわよ」

 …ううん、わかりたくない。
 辛い恋の気持ちなど、一生―



辛い恋って怖いですよねー。
美咲ちゃんは既にしちゃってるのに…汗

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