第21話<勘違い> | ||||
充は塀沿いにしゃがみ込んだ。 そしてちらと健司を見る。 充の気持ちを理解した健司は何も言えずにいた。 充の気持ちは一生報われる事はないだろう… でも何か声をかけてやりたい…どう声をかけてやればいい? 「何でよりによって…あいつなんだよ?…俺の… 充はそう言いながら自らの髪をぐちゃぐちゃにしていた。 あいつに逢わなければ… 俺が生まれていなかったら… あいつが生まれていなかったら… 充の頭の中でたくさんの"もしも"が駆け抜ける。 この辛い想いが永遠に消えないのならば― 「死にたい…」 本当、死んだら楽だ。 こんな感情に邪魔されないし、…もう美咲に会わないんだから…。 松尾健史・和美夫妻が喜ぶ中、美咲だけは悲しんでくれるかな…? 充の目からは涙が流れ、頬を伝っていた。 健司は涙を流す充の頬をぶった。 どうして、もしそんなことになったら―健司はそう思わずにはいられなかった。 充は驚いて、ただただ健司を見上げていた。 「そんな事言うな。…お前が死んだら悲しむ人がたくさんいる…」 健司は自分の涙を袖で拭い、続ける。 「喜ぶ人間なんていない。 悲しむ人間はたくさんいるだろうけどな。俺やお前の母親、そして美咲ちゃん―」 「どうして美咲の名前を出した?」 充の為に健司がわざと美咲の名前を出したかのように思えた。 死んでもらいたくない、それが言葉に表れた結果だ。 「美咲ちゃんはお前が好きなんだぞ?」 所詮それは、"兄"として好きなだけ。 それだけの事。 俺はその"好き"は望んでない。 充がそう思っている間に健司はまた言葉を足す。 「生きてると意外なところで嬉しい事が起こるかもしれないぞ」 真剣な健司に充は嬉しく思うと同時に泣いたまま笑い出した。 「…あ…のさ、健司?冗談だからな…死にたいなんて…」 思ったのは事実だが、悲しんでくれる人がいる。 それだけで十分だったし、健司を安心させなければと思った。 健司のおかげで死ぬ気がなくなった。 健司を見ると、泣き出しそうな顔をしている。 たぶんそれは安心した証拠なんだと充は思った。 「マジかと思ったー早く言えよ!!面白がってんじゃねぇよ!!」 健司は久しぶりに本気で充を怒った。 「悪い悪い。それに俺は死ねるような勇気のある人間じゃないしな…」 「死ぬ勇気はいらないけど、お前は勇気のあるやつだぞ」 「あ?」 何を言い出すんだこいつ? そう思いながら健司の言葉を待つ充。 「だって俺に言ってくれたじゃん。お前の好きな女」 「気付いてたんだろ。」 「いや、知らなかったし。勘違いしたのお前だし」 ニッと健司が笑うのと同時に、充は手で口を覆った。 こいつ…気づいてなかったのか?! やってしまった…自分から言うとは… それにしても紛らわしいやつだなぁ― 「これでチャラだな。ありがとうな、充。」 充は未だ固まったまま動かなかった。 お前にはあるよ、絶対… "デート"はほぼ健司としか喋らなかった美咲だが、それはそれで楽しかった。 その後の美咲は決心し、その足で、ある場所に向かう 充の母が入院する病院で、4人が顔を合わせてしまったあの日。 それからずっと美咲の頭を離れないことがあった一つあった。 充の"転校"話… ずっと触れられずにいた話。 どうすれば兄は転校せずにいられるんだろう… なぜ二度も私達は引き離されなければならない? 兄妹だというのに…母親同士の確執があるから…? 美咲の足は無意識にあの病院に向かっていた。 父の愛人、橋川景子が入院する病院に― 美咲は病院の中に入ると一直線に目的の病室まで歩いた。 そしてその前に着くと深呼吸をした。 何を言われるのだろう…。 あの人は私の事を嫌いだろうから、話を聞いてもらえないかもしれない。 そんな事を考えていると、後ろからこんな声が聞こえた。 「あら、この病室に用?」 後ろを振り向くと、そこにはふっくらとした女性が立っていた。 健史がここに来た時もいた、景子と同室の女性。 「あ、はい」 「私、この病室にいるんだけどね。 岡山っていうのよ。あなた、橋川さんのお客さんかしら?」 「あ、はい。一応…」 「そう…あの人ってよくわからないけど… 心閉ざしてるみたいで…いっつもね、窓を見てるの。寂しそうに…」 「寂しそうに…?」 美咲はなぜか『寂しそう』という言葉が気になった。 病院に入院していれば寂しくなる事も多いのだが…。 兄はよくこの病院に寄っている、そう考えると― 「窓から誰かを探してるみたい…会いたい人がいるのかしら」 "会いたい人"…か。 やっぱりまだ愛しているんだ…父を。 どんなにひどい父親でも? 「まあまあ、入っちゃって。私どっかいってるからゆっくりしてってね」 そう言うと岡山は美咲を病室に押し込み、去って行った。 「失礼します…」 美咲は緊張しながら、病室の扉を閉めた。 目の前に見える窓を見ると、いつの間にか外は真っ暗で、しかも電気のついていないこの病室もまた暗かった。 以前と同じように右奥のベッドに横たわる景子。 美咲はそちらへ歩いて行くと、景子は上体を起こして岡山が言っていたように寂しそうに窓の方を見ていた。 すぐに景子が美咲を見たが、また視線を窓に戻し、静かにこう問いかけた。 「何しに来たの?」 景子はそんなに驚いていない。 いつか来ると思っていたようだ。 「…あ、の…兄の転校の話なんですけど…」 景子は"兄"という響きにふと笑った。 「…"兄"ね…確かに母親が違っても兄妹は兄妹か…で、充の転校の話?」 景子は前、この前で4人が顔を合わせた日の事を思い出した。 あの時、この子が健史・和美夫妻の娘・美咲であることを知った。 だが、美咲は充の心配をしていた気がする。 仲が良くなった?あんなに松尾の家を憎んでいた充と―? 「なぜ兄は転校しなければならないのですか? 私は兄に今の学校にいて欲しいのです。 一度、幼稚園の頃にもこんなことがあったのでしょう? いつも…兄の犠牲のもとに私の幸せがあった…そう思うと―」 そう思うと悲しいのだ。 お兄ちゃんが悲しい思いをしていた時、私は笑顔で過ごしていた。 知らなかったとしても自分が許せなかった。 「皮肉ね…私の子供と…あの女の子供が兄妹なんて… そりゃあ父親が同じなんだからそうだけど憎み合っていた人なんだもの」 「母のことですよね?」 「そうよ。私、何度も思ったわ"あの女さえいなければ"って―」 美咲は何も言わず、自分の母を憎む人の言葉を心に刻んでいた。 |
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第二十二話…引き続き愛人と娘がメインw 雪がぱらつき、二人の心は穏やかにはなるが―
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