第18話<転校話>

「私、お兄ちゃんが大好きだから―」

 だから離れ離れになりたくない。
 美咲は本心からそう思っている。

 "兄"として、そして一人の"男"としても…
 どちらのお兄ちゃんも好きだから、それを言えた。

 だがそれを聞いた充がこの言葉をどうとるかは美咲には理解できた。
 彼は私を妹としか見ていないから―


 兄の俺が男として見られるわけがない。
 そんな事は俺自身わかっている。
 "兄"として言われた言葉、"男"として言われることのない言葉…
 でも、それは涙が出るほど嬉しい…勘違いさせるなよ、美咲―

 充の両眼から涙がポツポツと零れ落ちた。
 彼はそれを隠そうと、両手で顔を覆い、下を向いた。

 それに気づいた美咲は声を掛ける。

「…お兄ちゃん?泣いてるの?」

 充は何も答えを返してはくれない。
 もう一度"お兄ちゃん"と声をかけようとした時、充は腰を下ろした。
 だが口は閉ざしたまま、すぐにスッと美咲を見上げた。

「泣いてる」

 美咲は充の目の前にひざまずき、両袖で充の目から零れる涙を強引に拭った。

「男の子はそう簡単に泣いちゃダメなんだよ…」

 美咲のその言葉を聞くと充はふっと笑った。



 そして思い出す、幼稚園の頃の事を。
 小さな充と美咲はいつも一緒にいて離れなかった。

 しかしある日突然の別れが来た。
 小さな充が"サヨナラ"を言う。

「みーちゃんと離れたくないよ…」

 小さい頃の充は涙を流していた。
 それを見た美咲はこう言う。

「みー君、男の子が泣いちゃダメだよ」

 充の涙を拭う美咲。

「みーちゃんは僕と離れるの寂しくないの?」

「寂しいよ。でも強い男の子は泣かないんだってお母さん言ってたもん」

 美咲の目にも涙が溢れてきて、その時も充が美咲をギュッと抱き締めた。



「俺達は変わってないな…昔と同じ事を言われたよ、お前に」

 思い返した充は美咲の腰に手を回し彼女の肩にうずくまった。
 美咲は充のその行動に驚いたが、それが少しだけ可愛いと感じた。

「やっぱり、お兄ちゃんなんだね…あの写真」

「写真?」

 うずくまったまま少し美咲の方を向いた。

「私と"みー君"って男の子の写真…誰もそれが誰なのか教えてくれなかった」

「でもお前は解ってたんだろ?」

「予想だったけどね…いつしかそれが確信に変わってた。
 本当は、当時を覚えていれば一番楽だったんだけどね…」

 美咲がそう言うと、充は自らの手を美咲から離した。
 そして立ち上がるとこう言う。

「まあ、いいじゃねぇか。とにかく、気をつけて帰れよ。」

 そう言う笑顔の充は無意識に美咲の頭にポンと手を置き、景子が待つ病室に戻ろうとした。
 しかし、美咲がそれを止める。

「お兄ちゃん、本当に…転校しないでね…
 私が何言っても意味ないかもしんないけど、転校して欲しくないから…」

「寂しがり屋だなぁ。もうお兄ちゃん子になったのか」

 そう笑いながら病室へと消えていった。



 俺もお前とは離れたくないんだよ。
 お前が俺と離れたくないと言ってくれる…本当、嬉しい限りさ。



 あの日から数日が過ぎた。
 充とは学校で顔を合わせているが、恥ずかしさからギクシャクしてしまう。
 病院でのこと…そして"転校"のこと。
 聞きたくても聞けずにいた。

 学校も冬休みに入り、例の日・・・がやっと訪れる。
 例の日・・・、充と詩織のデートの日だ―

 ピンポーン

 いつの日かと同じように松尾家のインターフォンが鳴った。
 松尾の両親はいつものように家を出ていた為、家には美咲しかいない。

 デートの待ち合わせ時間は近づいている。
 主役ではないが、一応時間は守らなければと美咲は思っていた。

 しかし、こんなギリギリに訪問者とは…
 誰?!美咲は思った。

「はーい」

 美咲がドアを開ける、そこには…

「おはよう!美咲ちゃん、訪問者の顔はちゃんと確認しなきゃ。この窓で!」

 そう言い、ドアの小窓を指差した健司が立っていた。

 また来た…
 そう思う美咲を無視して健司は話しかけ続ける。

「あ、今日はパジャマじゃないねー。俺が言ったことちゃんと守ったんだ」

「だって今日詩織のデートの日だし…って!それより早く行かなきゃ」

 そう言い、リビングにカバンを取りに行く美咲。
 すぐに戻って来た美咲に健司はこう言う。

「さ、行こう。迎えに来たんだよ!お姫様」

「…はいはい。じゃあ行こう」

 健司を扱うのは適当にしておき、美咲は戸締りをする。
 玄関の扉を閉め、鍵をかけ、振り返ると健司が手を差し出した。

 何?と、最初は思ったが健司のしたい事が何となく理解できた。

 しかしその行動に迷わされる…
 これは手を置くべきか…どうすればいいんだ?

「充と詩織ちゃんだけに楽しまれちゃつまんないからさ、
 俺らも恋人気分で行こうよ。でも手出しはしないよ、充が怖いからねー…」

 美咲は笑った。

「本当、面白いね」

 そう言うと美咲は健司が差し出した手に自らの手を置いた。



「おはよう…橋川君」

 詩織が街の雑踏の中、充に声をかけた。

「ああ、おはよう。俺の事は充って呼んでよ。
 それにしても、美咲と健司遅いよな。もうすぐ時間なのに…。」

「う…うん」

 『充って呼びなよ』
 その言葉だけで詩織は少しだけ充と親しくなれた気がした。

 詩織は充と二人きりという事に緊張をしていた。
 しかし充はそんな事は気にしていない。

「健司はあんまし遅刻しないんだけどなぁ…
 美咲もそうなのかな?詩織ちゃん、どうなのか知ってる?」

 無意識に美咲の情報を得ようと充。

「え?いや、よくは知らないんだ…」

 突然、声をかけられ驚いた詩織。
 緊張して何を話していいか、と詩織は悩んでいた。

 そんな悩み事も知らずに充は自分の話を続ける。

「美咲って今好きなヤツとかっているのかな…?」

「うーん…それもあんまし聞いてないです…」

 …私美咲のこと何も知らない…

「そっか。俺、今まで美咲を不幸にすることしか考えてなかった…
 だから本当に幸せになってほしいと思ってる。
 協力してやってくれる?詩織ちゃん、あいつの力になってやってくれる…?」

「は…い、もちろん!」

 詩織は心からそう思った。
 好きな人からの頼みごと、そうでなくても美咲の力にはなる。
 断るはずが無い。

「ありがとう」

 そんな詩織に心から礼を言う充。

 充は思う。
 詩織が俺を好きだという事は聞いている。
 しかし俺は、美咲が好きだ。
 とても残酷な事をしているかもしれない…。

「あ!美咲だ」

 詩織の言葉に充は振り返った。
 俺は美咲を守る―



第十九話…デートの話w
充は健司に嫉妬したまま、4人は2:2での別行動に…w
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