第16話<病院>

「おい、そこの二人」

 白い作業着姿…まるで見習いコック…
 美咲と健司が振り返った先に立っていたのは充だった。

「充ー?!休憩?」

 健司が充に問いかける。

「おう」

「じゃーそこの公園でゆったりしようぜ!」

 健司が近くの公園を指差した。
 なんだかスキップでもしそうなくらいルンルンで健司は公園を目指す。
 充は健司のその姿を見てふと笑い、美咲の方を振り返った。

 美咲もまた健司を見て微笑んでいた。
 こういうところは似てるな、と兄妹であることをしみじみ感じていた。
 それと同時にその笑顔に心が温まる。

 身内だからか知らないが、美咲の笑顔には安心させられる。
 可愛いらしく笑うし、見ていると何だか―

 充は心臓が高鳴るのを感じた。

「お兄ちゃん…どうしたの?」

 下を向いた充を不思議に思い、美咲が充に問う。

「いや…何でもない…」

 充はただそれだけ言い、健司に続いて先に行ってしまった。
 どうしたんだろう、そう思いながらも美咲はすぐにその後を追った。
 広場まで行くと、健司が自分を呼んでいるのが見えた。

「美咲ちゃん遅いよー」

「ごめん」

 美咲は息を荒げながら言う。
 健司と充はと言うと、ベンチを見つけるなり座っていた。

 充は美咲とは目を合わせなかった。
 それが美咲をますます心配させた。

 未だ立ったままの美咲に充とは反対側を叩いて健司は言う。

「ここに座りなよ」

「ありがとう」

「いやーそれにしても、両手に花だなぁ!」

 にやけ顔の健司。

「は?」

 兄妹二人の声が合った。
 "花"…?俺が?充は思う。
 "両手に花"って…男が女二人連れてる姿を言うんじゃねぇか…?

「俺女じゃねぇし…」

 しかし、健司は充の言葉は耳に届かないらしく、ただにやけているだけだった。
 そんな健司がとても面白く、美咲は笑ってしまった。

「あはは!健司君、面白いね。マイペースっていうか…」

「美咲ちゃん!!」

 健司はムスッと少々怒っている。

 美咲は無邪気に笑った。
 そんな二人を横目で見ていた充もまた無邪気に笑った。

「充も何笑ってんの?!もー…兄妹二人俺で遊んでさッ」

 それからの健司はムスッとしたままだったが、兄妹二人で健司をあやすのだった。


 少しして、健司がすぐに何かを思い出したようで充に話を振った。

「あっそうだ。充、今度デート行くって言ってたじゃん」

 充がふと美咲を見たが、彼女は前方に見える噴水を無心で見ていた。

「ああ」

「俺もそれ付いてくよ!暇だしー美咲ちゃん一人って嫌じゃん、ねー」

 健司は美咲に同意を求めた。
 それに驚くが、何となく話は読めていた。
 ボーっとしていたが、耳にはちゃんと届いていた。

 届いてはいたのだが…
 デートには最初から行く気など無かったのに―
 今朝、健司にほぼ強制的に行かされる・・・・・ことになった。

「う…うん」

「そうか。悪いな」

 充が言うと、健司は微笑んでこう言う。

「お前滅多に女の話とかしてくれないからな!」

 美咲の頭にはいろんなことが巡っている。
 充の女関係を健司でさえわからないのか…

 詩織とデートするんだから彼女はいないんだよね。
 ということは詩織が彼女候補ってことかな…?
 もし、詩織と付き合ったとしても私は何も言えないんだね…。
 たとえ心が嫌だと思っても…
 この気持ちが早く薄れていけばいいのに―



 充と健司はたわいもない話を続けていた。

 美咲はその会話には入らず、ずっと噴水の方を見ていた。
 そこには楽しそうに遊ぶ3・4歳の少年少女がいる。

 もし、生まれた時から一緒にいたら…同じ家族だったら…
 異母兄妹の私達にはそんなことありえないけど、もしそうだったら―
 私は兄を"男"として見なかっただろう…。
 そう考えてしまう。

 たくさんの"もしも"が頭の中を駆けていく。
 それでも今が現実…。

「ねー。美咲ちゃん?」

 健司が再び何かの話題に同意を求めてきて、美咲のほうを振り向いた。
 美咲はすぐに健司から話の内容を聞いた。

 健司が美咲に話をしている間、充は美咲が見ていた噴水の方を見た。
 そこには未だ小さい子がいた。

 充は美咲の部屋に飾られていた写真を思い出した。
 美咲は気づいているのかな…あれが俺なのだと。
 俺達はあの時から離れ離れになってしまったことを―

「今度のデート、途中からでもいいから別行動しようっていう話してたんだー」

「ああ、そうだよね。お邪魔だしね」

 美咲も健司の提案に賛同。
 二人とも笑顔だった。

「別に邪魔じゃない。4人で楽しめばいいだろう?」

「デートってものは二人きりなもんじゃん、ねー」

 健司が美咲にまた同意を求める。

「うん。私もそう思う」

「じゃあお前ら、二人きりになりたいのか」

 一瞬、間が空いたのはなぜだろう。
 三人共が驚いている。

 口が滑った、充は思う。
 俺は別に二人に嫉妬したわけじゃない…と思う。
 ただ仲間外れにされたような、そんな幼心で口走ったんだ。

 しかし、健司も美咲も微笑んで言う。

「俺達はお前らの為に言ってるんだよ」

「そうだよ。
 詩織はお兄ちゃんと二人きりになりたいはずだよ。
 詩織はお兄ちゃんのこと好きだから、二人が上手くいけばいいなあって…―」

 …って思ってるのかな、うまくいけばいいだなんて。
 詩織に幸せになって欲しいけど、自分の幸せって…
 悲しいけれど自分の幸せを望めば詩織が辛い思いをしてしまう。
 やっぱり私はあなたを想うのを諦めます―

 "二人が上手くいけばいいなあって"?思ってるのか。
 そうだよな、これは俺の片思いなんだ。
 お前が俺のこと好きなないんだもんな―


 それから数分して、充はレストラン・コバヤシへと帰って行く。

「じゃー美咲ちゃん俺らも帰ろっか!…美咲ちゃーん?」

 美咲は健司の言葉に反応せずによそ見をしたままだ。
 健司は美咲の視線の先を見た。
 そこには40代後半ほどの男性一人が歩いている。

「美咲ちゃん、あのおじさんに一目ぼれでもしちゃったの?」

 健司が冗談を言っても美咲は聞いてなかった。
 やっと口を開いたかと思えば…

「ごめん…健司君、先帰ってて」

 そう言い、おいてけぼりにされるのだった。
 美咲はあの“おじさん”の方へ走って行ってしまう。


 健司が言った“おじさん”、その人の名前は 松尾健史。
 美咲は絶対その人物だと確信している。

 美咲と充の父親―

 健史は花束を持って先を急いでいる。
 そして、ある病院に入っていった。

「病院…?」

 なぜ?その疑問が一番に浮かぶ。
 こんなとこで浮気があるわけじゃない…よね。

 美咲は自分の父親の後を追い続ける。
 健史は入院患者のいる病棟へと歩いていく。

 誰か知り合いの見舞いだろうか。
 そう思った瞬間、脳裏に浮かぶある・・人物。
 見舞いで思い浮かぶ人が一人だけいる…。
 入院していると聞く…充の母。

 着いた先は、とある大部屋だった。
 健史はコンコンとノックをして中に入っていく。

 美咲は健史が入るとすぐに部屋の外にある名前を見た。

「やっぱり…"橋川景子"…」

 まだ繋がってた?―



第十七話…健史(父)さんは景子さんから連絡が入って会いに来たのですが…
この二人の関係、程々に厄介です。景子は今でも健史が好きなんです。でも…w
たぶん、この二人のこと短篇書くかも…小説内でなんとなくしか書かないので…
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