第4話<婚姻届>

 朱里と豊が戯れていたのを数分見ていた親たちだが、それからすぐに室内に入って来る。
 そして豊の母・理子は言う。

「イヤだわ〜仲良しじゃないの〜。教師と生徒であっても問題なさそうね!」

 それに反論する豊。

「問題ないわけねぇだろ。教師と生徒だぞ。事の重大さが全然わかってねぇな。」

 豊の反論に、正志も賛同する。

「そうだ。結婚は止めだ!婚約も結納も交わしてない、今ならなかったことにできる。」

 少し時間が止まったように沈黙が数秒あった。
 しかし、すぐにその沈黙は朱里の母・真里によって破られる。

「結婚は本人の意思で決まるのですよ、忘れてませんか?」

 真里は朱里の気持ちもちゃんと考えてあげたかった。
 この結婚はあまり快く思わなかったが、相手が教師というのが何より安心したのだ。
 公務員ならそう悪いことはできないだろう。
 さきほどのキスには驚かされたのだが。

「お前は朱里を嫁に出したいというのか?!」

「朱里の意思も尊重してあげてちょうだい」

 それに―と真里は思う。
 朱里の恋愛歴を少しは知っている。
 もう・・悲しい想いはさせたくない。
 こうして結婚した方が幸せになれるのかもしれないと母親は思うのだ。

 真里の言葉に正志は何も言うことができなかった。
 朱里が結婚をしたいと言っているのは、会社の為であるのはわかっている。
 しかし、娘に守られるほど落ちぶれていない…はずだ。

 正志は立ち上がり、その部屋を出て行ってしまった。


「沢井さん…怒ってるよね…」

 啓志が弱気になった。

「大丈夫ですよ。私、説得しますから!」

 朱里の言葉に啓志に笑顔が戻り、こういう。

「じゃあ、結婚するということで進めていってもいい?!」

「はい」

 啓志がとても子供っぽく感じた朱里。
 優しそうな父親…よく見れば、啓志と豊は立場が逆なのではとも感じた。
 豊が父親で、啓志が息子の方が似合う…。
 それほど啓志が若々しく、豊は冷静な大人なのだ。

「おい!ダメだろ?未成年は親の承諾がねぇと―」

 その二人の会話に疑問を持つのは既に豊一人になってしまった。
 真里も理子も結婚については進めればいいと思っている。
 それは親共がいない応接間で二人がキスをしていたのを見てしまったから…。

「豊。あんたキスしたわよね?」

 理子の言葉に豊は返す言葉もなかった。
 よそ様の、ましてや恋人でもないお嬢さんに手を出した。
 その時点で理子は許せなかった。
 しかし、その相手は結婚する相手かもしれない。

 事実、朱里は嫌がらなかった。
 彼女は結婚をもう心に決めている。
 理子にはわかっていた。

「あんたは朱里ちゃんが気に入ったからキスしたんでしょ?
 結婚すればいいじゃない。いや、もう結婚しなきゃなんないのよ!!」

 理子の口調はとても強かった…鬼のごとく。

「社長も戻りませんし…とりあえず、これ置いておきますね。」

 啓志がそう言ってテーブルに置いたのは婚姻届だった。
 豊の意思でかはわからないが、夫側の欄は既に全て書かれている。

「では、長々と失礼致しました」

 啓志、理子と納得していない豊が沢井家を後にした。



「朱里、本当にいいの?
 私はいつでも貴女の味方になるから、あんたはあんたのしたいようにしなさい」

 朱里を安心させる為か真里はそう言い、席を立った。
 応接間に一人残された朱里は、婚姻届を手に取った。

 私の結婚に反対するのはありがたいけど、会社がなくなるのは嫌。
 お父さんが大切にしてきた大事な場所。
 後悔するくらいなら結婚するし。
 お忘れですか?私は一度決めたらやめませんよ…

 朱里は口元を上げて不敵な笑みを浮かべていた。
 そして、近くにあったペンで自分の名とその他項目を書き上げた。

 あとは親の承諾のみ。
 朱里はそう思うと正志の仕事部屋へと向かった。





「豊、あんた何で手出したの?」

 車を運転する豊。
 その後ろで夫婦仲良く座る理子と啓志が問う。

「魔が差した」

 その質問に素直に答える豊なのだが、答えの内容は最悪だ。
 理子は思わず自分の息子に「一回地獄落ちろ」と言ってしまった。

「それが本当の事だったら、あんたは最低な男だよ!!」

 それを横目で見ていた啓志は冷静だった。
 手帳を取り出しながらこう言う。

「いいよ。どうせ魔なんて差してないさ理子。
 とりあえず俺ができることはしたぞ。
 婚姻届は置いてきたし、家の用意もした。
 あっ結婚式場もね。日取りは朱里ちゃんの誕生日でいいよね!」

「おい待てジジイ、話が早ぇぞ。
 まだ、あっちの親が承諾してないんだ。あいつは未成年なんだぞ。」

 イライラしながらハンドルを握る豊。
 信号待ちになるとスーツのうちポケットからタバコを一本取り出し、吸い始めていた。

「沢井さんは絶対に承諾するよ」

 豊は飽きれてしまった。
 父のその自信は一体どこから来るんだ、と。





 コンコン
 正志の仕事部屋のドアが叩かれた。
 それに気付いた正志は「どうぞ」と言う。

 部屋の中に入って来たのは朱里だった。

「朱里…か」

 正志はがっかりとした。
 朱里の手には婚姻届を持っているのが見える。
 今はその話はしたくない、そんな顔をしていた。

「私の事は心配いりません。だから認めてください」

「絶対に認めん」

 そんな父親・正志に正直イラッとした朱里はこう言う。

「こんなんじゃ埒があかないじゃん!!何がダメなの?!教えてよ」

「全部だ!
 相手がお前の通う高校の教師だということも…
 お前の年齢が若すぎるという事も…
 お前が家事全般できないこともだ!!お前は考えが甘すぎるんだ!!」

 全て言い終わり、朱里を見ると明らかにショックを受けているようだった。
 そう、お嬢様育ちの朱里は家事全般ができなかった。

「それは考えてなかった…じゃあ父さん。
 結婚までに家事全般できるようになります。だから承諾してください」

 熱心に朱里は訴えた。
 それに負けたのだろうか。

「…できるようになったらな」

 正志はしょうがなさそうに、言った。
 心の底では『絶対に認めるものか』と思っているはずなのに…
 朱里の一生懸命な姿に心を打たれたのだ。

 しかし、朱里が家事できなければいいのだ。
 途中で挫折すればいい…だから、認める気などサラサラないのだよ―
 正志は愛娘にそんなことを思ってしまった。



やーさんっていうのはヤクザ様のことでごわします。
第五話…室…部屋全般をひっくるめちゃいましたw
主な舞台は…理科室★とりあえず父親が何となくだけど承諾してくれたので、それを報告に行きますよ♪
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