第14話<諦め> | ||||
「朱里、ごめん…河邑に佑太のこと話した…」 学校の帰り際、小松が緊張の面持ちで朱里と慶子の前に立った。 例え教室のど真ん中で"かわむら"と言ったとしても誰も教師の河邑豊の話だとは思わない。 朱里・慶子・小松は思った。 「え…いいよ。別に終わったことだしね」 朱里は初耳だった。 昨日、少し不機嫌だったのはそのせいか? 私のこと好きだって言ってるんだし、不機嫌になるのは当然か…。 朱里はそう思った。 「じゃあ帰ろう」 小松は肩の荷が下りたように笑顔になった。 しかしまだ朱里に入っていないことが一つある…。 言うべきか、言わなくてもいいのか…。 昨日の夜、佑太に話してしまった事を― 「あ、私今日実家帰らなかんわ」 「何で?もう奴との生活に嫌気がさしたか!」 慶子が嬉しそうに聞く。 「そうじゃないよ…ただ母さんがメールで家に寄れってさ」 小松はもしやと思った。 昨日…佑太は俺と別れてから沢井家に行ったのかもしれない。 そしたらつじつまが合う。 「小松?どうした?あ、皆で行く?」 「行く」 小松は即答した。 「お邪魔しまーす」 朱里と慶子が大声で言う。 朱里は自分の実家だというのに少し他人行儀にしてみた。 「ああ…皆で来たのね」 出迎えた朱里の母親・真理。 いつも明るいのに今日は悩み疲れている様子だと、小松は思う。 朱里と慶子はリビングへと向かっている。 小松は真理に声をかけた。 「おばさん、朱里に話があるんですよね?」 「え?…そうだけど…」 「昨日佑太に会いました」 小松のその言葉は少し遠くの朱里・慶子にも聞こえた。 4人がぎくしゃくした気がした。 「まあまあ、ソファに座って…お茶を出すわ」 真理が言う。 3人は言うとおり、ソファに座った。 すぐに朱里はこう言う。 「今日呼んだのは、佑太のことと関係あるの?」 「そうなの、朱里。なんだか佑太君…雰囲気がちょっと」 真里が少し悩みながら言う。 「切羽詰まった感じ?」 小松が聞くと、真里は「そう」と頷いた。 そして小松は続けてこう言う。 「昨日朱里が結婚すること言ったからだ」 小松は朱里を見たが、あまり動揺はしていなかった。 「あのさ…私佑太とは終わったんだから 結婚すること佑太に言ってもいいし、別に勝手に言っても私は動揺しないよ。」 朱里が胸を張って言っているようだった。 それに感心した真理は言う。 「じゃあ、会ってあげて頂戴」 「え?」 朱里は驚いた。 「昨日佑太君はあなたに会いたいと言ったわ。会いたいのは当然よね」 「あの…ごめん。なんか嫌だ…」 「会わないと、何も変わらない。ずっと心に佑太君への気持ちが残る―」 「残らないよ!今も残ってないし」 「だから会って。河邑さんに悪いでしょ…」 真理は強い口調だった。 朱里には何も言えなかった。 「朱里?」 朱里は家に帰っていた。 「どうした朱里?」 豊が朱里を心配そうに呼ぶ。 「ああ…ごめん。何だった?」 「いや、お前コーヒー淹れたまま…」 「あっごめん!…ちょっと冷めちゃったけどいい?」 「ああ。いいけど、何悩んでる?」 豊はソファに座り、コーヒーを飲みながら聞いた。 「えっと…あの、佑太って子…いるの小松から聞いたよね?」 後ろめたさからか朱里が背を向けて話を始めた。 「ああ、聞いたぞ」 豊は冷静を装ったが、何を話されるのかと内心はビビっていた。 「実は会ってほしいと言われてて… でも会うのが怖いの。何でかはわからない… 母さんは会えと言うの。豊に悪いでしょう?って… でも私は会った方が豊に悪いとも思うの…そう思わない?豊は…どう思う?」 豊は少し沈黙を経て言う。 「…お前の好きなようにすればいい。 結婚する前にはっきりさせなさい。 "別れよう"の言葉はどちらの口からも出てないんだろう?」 「うん…そこまで知ってるの?」 「小松は何でも教えてくれるからな」 二人はふと笑った。 「おいで」 自分の座るソファの隣をトントンと叩き、豊は朱里を呼び寄せた。 朱里はそこに座り、豊を見た。 「お前はそいつがすきだったんだろ?今でもか?」 "まさか!"なんてすぐに言えなかった。 自分は本当にバカ正直だなと朱里は思った。 「わからないの…私、誰が好きなのかわかんない―」 豊はその後何を言えばいいのかわからなくなった。 「確かに佑太を好きだったけど、今はわからない…もう冷めてしまったと思うんだけど―」 「お前わかってるのか?結婚したら…あまり余計なことはしてもらいたくない」 余計なこと―それは他の男と合わないで欲しいということだった。 豊は自分が意地悪だと思った。 普通、男はそう思うものだろう。 でも女を困らせたいから言うんじゃない… ただ俺はお人よしではないんだ。 本当は朱里が元カレと会うなんて我慢できない。 それは今も、結婚してからもだ。 「ごめん、豊にこんなこと聞いちゃダメだよね。私がどうにかしてこなきゃ」 朱里は決心して立ち上がった。 「悪い。朱里!お前が思うように進めばいい… 結婚してもその男と会ってもいいし、ずっとその男を愛しててもいい いっそ契約結婚にするか?期間を決めておけばお前も苦しまずに済むだろう?」 俺は急に意地悪はやめた。 朱里が困っているのはわかっている。 苦しんでいるのもわかっている。 その苦しみは俺が原因で、解放してやれるのは俺だけなんだと、思った。 これは一種の"逃げ"であり、"諦め"だろうな。 |
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