第12話<報告>

「なあ慶子…やっぱり朱里が結婚する前にこういう問題は解決しなきゃな…」

「何の話してるんだ?」

 小松と慶子が学校の廊下で例の話をしていると、豊が通りかかった。

「なっ、あんたに関係ないわよ」

 慶子は素で言ってしまった。
 あくまでも自分の学校の先生だというのに―

「一応俺も先生やってるんだから、それはないだろ」

 慶子はその言葉さえ無視した。

「ふーん。朱里には彼氏がいるのか?」

「そこんところが…はっきりしないんだよ…」

 小松の言葉に豊も首をかしげる。

「何だよ、その"はっきりしない"っての。」

「別れ話は出てなかったみたいなんだ。
 元カレは佑太って言うんだけど
 そいつが連絡取れないようになったから、朱里は別れた気になってるみたい」

 小松が説明をした。

「その佑太ってやつはまだ別れた気にはなってないんだな?」

「いや、それもはっきりしない。
 あいつが話をしてくれないんだよ…
 でもこういうのは…結婚前にはっきりさせたいし。河邑に話す気なかったけど…」

 慶子からの痛い視線。
 小松はやっぱり説明すべきではなかった、と思った。

 あとで慶子に殺される…

「じゃあ、そろそろ行くわ。いい話ありがとな、小松」

 豊は小松の肩をポンと叩いた。
 見れば笑顔。
 それは心からの感謝か、豊が消えてからの慶子のことを知っての嫌味か。

「河邑!今の話…朱里にするのか?」

 小松は豊と朱里のことを心配していた。
 豊が本当はいいやつだということが感覚的にわかっていたから。
 あと付け加えるならば、豊といる朱里が楽しそうだからだ。

「何の心配だよ。お前は自分の心配してろ」

 豊は顎で慶子を指した。
 慶子はそれを見て眉間にしわを寄せた。

 逆に小松の心配をした豊。
 この男…読めない男だ―





「ただいま!」

 少し遅く、朱里が豊の新居に帰ってきた。
 豊はソファで新聞を読んでいる。

「すいません…遅くなって」

 そう言って朱里は持っていた買い物袋をテーブルの上に置いた。
 それは本日の食材だろうか。

「飯はもう食った。俺はもう寝る。」

 豊はあからさまに不機嫌だった。

「どうしたの、先生」

 日頃から豊と呼べと言っているのに呼ばない朱里にイライラする。
 それに昼間に聞いた朱里の元カレ・佑太の話も気にかかる。

「っ、お前は今までどこほっつき歩いてたんだよ!!」

「え…ごめんなさい。学校の友達とちょっと遊んでた…」

 少ししょぼくれる朱里に豊はハッとした。
 嫉妬か?それとも佑太のところへ行ったとでも思ったか?
 豊は自分に問いかけた。

「いや、いいんだ。お前は遊びたい盛りだし、しょうがねぇよ」

 豊はそう言い、寝室へ去って行った。
 朱里は豊が座っていたソファに座り、反省していた。

 今後自分は友達とは違い、結婚をし主婦になるんだ。
 夫が安心して生活できる環境を家庭で作らなければならないんだ。

 そうすると朱里は自然に寝室へ足を運んでいた。
 見ればいつも一緒に寝る大きなダブルベッドに一人背を向けて横になっている。
 その背はとても寂しそうだ。

「本当にごめんなさい。
 今後は一切遊んできません。すぐに家に帰ります…」

 入るなり、寝室の扉の近くで朱里は頭を下げた。
 そして無反応だった豊が気になり、ベッドに近寄った。

 違う。
 豊はそう思い、頭を抱えた。
 こんな風に手に入れたいわけじゃない―

「先生…」

 朱里は豊の額に手を乗せた。
 もしかしたら風邪で、熱でもあるのだろうかと思ったからだ。

「…お前は本当に読めねぇ」

 豊は額に乗る朱里の手に触れた。
 朱里はそのまま顔を寄せ、頬にキスをした。

「本当にごめんなさい」

 そう反省する朱里に、豊はこう言った。

「何で口じゃないんだ!」

 豊の言葉は本気だった。

「…これでも頑張ったんですけど」

 朱里は頬を赤く染めて豊に背を向けた。

「まあいい。とりあえず俺は寝る」

 嬉しさを噛みしめながら、豊はそのまま布団に潜り込み、寝入った。




 その同じ晩。

 ピンポーン

「はい、どちら様?」

 そう言う佑太の母。
 その目の前には小松が立っていた。

「夜分遅くにすいません、どうしても佑太に話があるんです」

「すいませんけど、あの子勉強で忙しいの…」

 帰っていただけます?
 佑太の母はそう言っているようだった。

 しかし、これもまた後ろから佑太が帰ってきた。

「小松…」

 どうやら塾から帰ってきたらしい。

「佑太、話がある」

「悪い、忙しいんだ―」

「重要な話なんだ」

 小松の顔は真剣だった。



 小松と佑太は少し離れた公園へ来た。

「重要な話って何だよ?」

 佑太はブランコに座った。

「お前、何で俺たちと連絡取らなくなった?」

「勉強しねぇと学校についていけねぇからな」

 佑太はため息をついた。

「朱里はどれだけ寂しがっただろうな」

「悪かったと思ってるよ」

 佑太は下を向いた。
 朱里の名前を聞くと朱里の笑う顔を思い出す。
 そうするととてつもなく会いたくなる。
 会って抱きしめたくなる。

「お前は別れた気でいるのか?」

 佑太は小松を見て聞く。

「…朱里はそう思ってるのか?」

「ああ。あいつ結婚するんだ」

 小松は静かに言った。
 佑太は小松を見上げた。
 まさか、そう思った。
 たった2か月会わなかっただけなのに―
 その間に俺よりもいい男がいたのだろうか。

「相手はどんな奴だよ」

「もっと焦れよ!!」

 佑太は頭を抱えた。



佑太母うざす
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